Opinion : 温暖化対策は結構だけれど (2008/7/14)
 

なんだか最近、猫も杓子も温暖化対策、という状況になってきたように思える。電気屋に行けば「エコ」をアピールする商品を宣伝しまくっているし、それ以外でも何かにつけて「CO2 の排出量を××トン削減できます」という類の宣伝があふれている。

なんだかもう、「地球温暖化 & CO2 削減教」という名の宗教になっていて、この教義に対して、異議どころか疑義を唱えるだけでも異端審問所に送られそうな雰囲気。それでいいのかなあ ?


CO2 と地球温暖化の関係、温暖化によってもたらされる現象の内容や程度については、すでに各方面でいろいろと議論されている。これについて詳しく突っ込み始めると本が何冊もできる世界だから、ここでは細々と取り上げることはしない。問題にしたいのは、環境問題が具体的にどうなのか、ではなくて、環境問題との向き合い方だから。

念を押しておきたいのは、地球温暖化が嘘っぱちだとか、CO2 と温暖化は関係ないとかいった主張をしたいわけではないということ。これらの話の真偽に関係なく、無駄なゴミは減らす方がいいし、エネルギー消費だって、抑制できるならその方がいい。だから、ゴミ削減もエネルギー消費削減も、できるところから少しずつ始めるのは結構なことだと思う。

拙宅では、白熱灯が球切れする度に電球型蛍光灯に取り替えてきている。そもそもの動機は電気代の削減だけれども、結果的に CO2 排出削減になるなら、それはそれで結構。ただ、まだちゃんと使える電球を廃棄して電球型蛍光灯に取り替えるのは、単にゴミを増やすだけだと思うので、やらない。突き詰めると、電力消費を減らすのが大事か、ゴミを減らすのが大事か、という話になるけれど。

ともあれ、身近なところでできる具体的な省エネ・省資源策を実行するのは何も問題がない。でも、一過性のイベントに首を突っ込んで、一回限りのライトダウンをしただけとか、「グリーン電力を選ぶ宣言」をクリックしただけとか、そんなことで大きな顔をされるのはどうかと思う。宣言とか意思表示とかいう形で「いいことをした気分」になり、それだけで終わっちゃうって… それなんてホワイトバンド ?

同じことは、「排出権取引」とか「グリーン電力証書」とかいったモノばかりがもてはやされたり、「エコ」をネタにしたビジネスがドンドコ出てきたりする場面にもいえそう。エコが目的なのか、エコをネタにして商売するのが目的なのか、一体全体どっちなんだと。

本当に省エネ・省資源効果があることをするならともかく、「エコビジネス」のためにエネルギーをドンドコ使うようなことがあればギャグだし、エコに貢献した気分だけで終わったのでは意味がない。「電力消費を減らしましょう」とアピールする Web サイトにアクセスしたら、Flash アニメの使いすぎで CPU 負荷が急上昇、なんてことになったら笑っていられない。

また、ホワイトバンドのときにもそうだったけれども、その手の「貢献した気分だけ」の人ほど、「私はエコロジー♪」といって自慢して、周りの人にイチャモンをつけることにならないだろうか。


こうやって「環境」を錦の御旗にすれば何でもあり、という風潮が暴走すると、冗談みたいなことになるかも知れない。「アホか」といわれそうだけれども、いくつか考えてみた。

  • ア○カイダが、「イスラムの聖地に異教徒を大量に駐留させたアメリカは怪しからん」という代わりに「地球温暖化を促進するアメリカは怪しからんから滅ぼすべきだ」といって反米テロを呼びかける
  • タリ○ンが「地球温暖化が進むとヒンズークシ山脈やカラコルム山脈の氷河が溶けて、近隣の村落が壊滅する。そんなことにならないためにも、地球温暖化に加担している欧米の軍隊はアフガニスタンから出て行け」と宣伝戦を展開する
  • コロンビアあたりの麻薬カルテルが、「麻薬を使うと暑さを感じなくなり、冷房を不要にできる。地球温暖化防止のためにも麻薬を使え」といって売り込みをかける
  • 核兵器を開発している某国の独裁者が、「我が国の核兵器は、地球温暖化の危機に際して敵国を滅ぼすとともに『核の冬』を引き起こして、地球温暖化を阻止するためのものだから正当である」と IAEA 総会で演説する
  • 某国の大統領が「大統領選挙をやり直せば選挙運動のためにエネルギーを多量に消費して、地球温暖化につながる。したがって私が終身大統領を務める」と宣言して反対勢力を弾圧する
  • (逆方向のパターンで) イ○ンの大統領が「イスラエルを地図上から消し去るためにも、地中海の海面上昇が必要だ。そのために我が国の石油をもっと買って消費するべきだ」と宣伝する
  • etc, etc

極めてネタくさい話ばかり並べてしまったし、実際にこんなことになったら世も末だと思うけれども、自分の主張を正当化するために「環境問題」に強引にこじつける輩が増える可能性だけなら、皆無とは言い切れないのでは。
それとともに、「環境保護」を訴えるためなら何をやっても許される、という考えが暴走して、「レインボー・シックス」がフィクションで済まされなくなる可能性だって、決して無視はできなくなると思う。

そんなことにならないためにも、ことに環境問題については (表立って反論するのが難しいだけに) 冷静な検証と冷静な対応を持続的に進めることが求められるのでは。なにせ、極論中の極論を突き詰めると、地球温暖化の原因になる人類が全滅すれば OK、という話になってしまうわけだし。

そういう意味では、先日に買ってきて読んだ「地球と一緒に頭も冷やせ !」は、なかなか良い本だったと思う。少なくとも、数字に立脚した冷静な議論が必要だという観点において。

これは「平和」にも似たようなことがいえる。「人類がいなくなれば戦争もなくなる」という論調だって成立しうるわけだから。

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