Opinion : 終末論者と陰謀論って似てる ? (2008/9/15)
 

いつの話だったか忘れたけれど、「○月△日に富士山が大噴火する」と "予言" して、ものの見事に大ハズレに終わった人がいた。
先日も、「13 日に、中国か、さもなくば名古屋で大地震が起きる」と "予言" した人がいたので、ワクワクテカテカしながらその日が過ぎるのを待ち、さらに念を入れてハワイ (日本より 19 時間遅いタイムゾーン) が 14 日に突入するまで待ったけれど、案の定、何も起こらなかった。

だいたい冷静に考えれば、地震でも噴火でも台風でも、日付や規模まで正確に予想できるテクノロジーなんて存在しないじゃないの、というだけの話。予言者とやらがそこまで精確に予測できるなら、地震予知連絡会も気象庁も失業してしまう。

なのに、この手のカタストロフィを "予言" する人が後を絶たないところを見ると、その手の話には相応の需要があるとしか考えられない。需要があるからこそ、ネタを供給する人がいるわけで、その辺は陰謀論者と似た構図。


とりあえず、この手の「大規模な自然災害が発生する」とか「世界最終戦争が起きて人類潰滅」とかいう類のカタストロフィ話を、「終末論」とくくって話を進めることにして。

陰謀論の場合、目の前で起きている話をそのまま受け入れられない人、受け入れたがらない人を対象にして、「"真実" は違うんだよ〜 この世の中は闇の勢力 (笑) に支配されててね〜」という類の話を吹き込むことで、現実逃避のための理由付けと、「無知な大衆は何も知らないけれど、自分は "真実" を知ってるんだもんね !」という優越感を売り込むことができる。

そこで「世界を背後から操れる闇の勢力 (笑) が、どうして簡単に見破られるような間抜けな陰謀をやっちゃうのさ」という突っ込みが出るのはお約束だけれど、これは一種の宗教みたいなもんだから、信じる人は何をいわれても信じるもの。理屈じゃないんだもの。

じゃあ終末論の場合はどうかというと、いってみればソドムとゴモラみたいなもんで、「悪行に満ちた現世が、誰にも抗えない超絶的な力によって滅ぼされる」というあたりがベースなのかなあと考えてみた。
そこに上乗せするストーリーは、「滅ぼされた後に新しい世界が開けて〜」となるか、「特定の教義を信じている人だけが滅亡を免れることができて〜」となるか、はたまた滅ぼされるだけで終了となるか。

なんにしても、この手の終末論も陰謀論と似たところがあって、信じる側にとっては一種の現実逃避なのかなと考えてみた。自分が汗水流したり手を汚したりしなくても、気に入らない状況が超絶的な力によって吹っ飛んでくれて万々歳、という。一方、吹聴する側にとっては… 多分、単なるビジネス。ウケる終末論ができれば勝利。

ただ、「特定の教義を信じている人だけが滅亡を免れることができて〜」については、相当にタチが悪いと思う。

まず、終末論を肴にして信者を増やそうとしているだけでも十分に邪悪。宗教の体裁をとっていなくても、「自分の予言を信じればカタストロフィに備えることができるから、結果として救われる」という点で、宗教ちっくなところがある。
さらに場合によっては、カタストロフィが自然現象としてではなく、人工的な手段によって実現される、という形に行きかねないので、そうなるとますます危険 (オウム真理教が典型例)。

ちょうど、(今更ながら) トム・クランシーの「レインボー・シックス」を読んでいたところだけれど、この小説、オウム事件にヒントを得た… なんてことはないんだろうか。でも、「合衆国崩壊」でもエボラ ウィルスが出てきてたし、関係ないかな。


そもそも、この手の終末論とか予言とかいうのはたいてい、予言した日や場所には何も起こらず、予言していない場所で地震などの災害が起きているのが実情なのだから、日付や場所、場合によっては規模まで明示した上で "予言" している時点で怪しいと思って相手にしないのが、賢明な人がとるべき対応だと思う。

ときどき、後出しジャンケンで予言が当たったとか予測していたとか主張する人もいるけれど、後からなら何とでもいえる。どうして、そんな人のことを真面目に信用しないといけないのかと。

そういう意味では、終末論とは違うけれども、「○○の危機」「○○が登場することで世界が変わる」の類を過度に大仰に言い立てる人も、注意した方がいいのかも知れない。実際、「最悪の場合の数字」がいつの間にか、「必ず起きる数字」にすり替わって流布されることもあるわけだし。災害がらみでも、なんてことはない話を「大災害の兆候」と煽り立てるケースはありそう。

と、ここまで書いたところでふと思ったけれど、終末論者、あるいは終末論に入れ込む人は、エロビデオなんかでもありそうな「強い刺激を知ってしまうと、さらに強い刺激を求めるようになり、際限がなくなる」という罠にはまりやすくないんだろうか。つまり、より刺激的で人目を引く終末論を求め続けてしまうんじゃないかと。

もしも本当にそういう傾向があるとすると、これはちょっと厄介かも。

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