Opinion : 煽り報道は往々にして外れる (2008/9/22)
 

なんだか最近、日本国内では「あっ」という間にグルジア情勢をめぐる報道が減ってしまった感がある。飽きっぽいんだから、もう。

しばらく前には、グルジア向け援助物資を積んだ米海軍のイージス駆逐艦と米沿岸警備隊の巡視船が荷下ろしを行い、それに続いて今度は揚陸指揮艦 USS Mount Whitney がグルジアに到着。それに対してロシア政府首脳は勇ましい反対発言を展開、そんなこんなで「欧米諸国とロシアの対立が激化」とか「新たな冷戦か」とかいった調子で煽る報道がゾロゾロ。そんな大変な事態なら、ちゃんと後追い報道をすればいいのに。

確かに、以前に比べると関係が冷え込む事態は避けられないにしても、かつての米ソ冷戦と同等のレベルまで冷え込むかどうか。たまたま現時点では意見の対立で言葉のドツキ合いをやっているにしても、しばらく不快感の応酬をやった後は沈静化の方向に向かう可能性の方が高いと思う。

一言でまとめてしまえば、ロシアにとっては「この辺はもう、うちの縄張りなんだから、NATO や EU が好き勝手にするな」「1990 年代の、没落イメージのロシア軍と同じではないぞ」というデモンストレーションじゃないの、ということ。


すでに NATO の東方拡大により、東欧諸国やバルト三国の NATO 加盟が実現してしまっている。つまりロシアにとって見れば、ソ聯時代と比べると境界線が手前に寄ってきているわけで、その分だけ縦深が浅い。そんな状態で、わざわざ自分から緊張感を高めて一触即発の状態に持っていっても、あまり得にならない。おまけに、(ロシア狙いではないとされているものではあるが) 藪蛇でポーランドへの MD エレメント配備まで決まってしまった。

ナポレオン相手の戦争でも大祖国戦争でも、縦深の深さにモノをいわせていることに変わりはないから、境界線が手前に寄ってきているのは、ロシアにとっては不利。ロシアが、ウクライナやグルジアの NATO 加盟に反対している背景には、これ以上、NATO の東方境界線が手前に寄ってこられたのではかなわない、という考えがあるはず。

だから、今回の紛争で影響を受けるのは、グルジアだけでなく、ウクライナも同様。それに、ロシアとウクライナの間には以前から、兵器輸出をめぐる競合や対立が発生している。

となると、今回のグルジアでの紛争を利用して、ロシアがウクライナにも政治的圧力をかける可能性、そしてグルジアとウクライナの NATO 加盟問題に影響が出る可能性が考えられる。それがうまいこと作用して、選挙で西側寄りの勢力が負けて、親露的な政権ができてくれれば万々歳。そこまで行かなくても、NATO 加盟を阻止、あるいは先送りできればめでたい。

とはいえ、一方ではロシアの企業とアメリカ、あるいは西欧の企業がつるんでいる事例もある。ロシアの VSMPO-Avisma は Boeing や Airbus との間で大々的なチタン供給契約を結んでいるし、ロシアの国有銀行が EADS 株を保有している状況でもある。そんな調子で経済的な結びつきが深度化してくると、完全に真正面から敵対する関係になってしまうのも、それはそれで具合がよくない。

となれば、ロシアとしては「超大国としてのロシアの存在を無視するなよ」というメッセージを送り、石油や天然ガスの供給による利益もガッチリ押さえる。一方では、NATO や EU はそうした動きに反発しつつも、何某かの配慮を示しながら落としどころを探る、というあたりになるのでは。間に挟まれたグルジアやウクライナは、振り回されていい迷惑だけれど。

そんな状況だから、双方で "口撃" の応酬をやっている割には、米艦はちゃんとグルジアの港に入港している。もっとも、イージス駆逐艦も揚陸指揮艦も岸壁に横付けしないで沖止めにしているけれども、これは外交的配慮ってやつで、プレゼンスは示すけれども過度の刺激は避ける考えがあるのでは。それと、フォース プロテクションの観点から意図的に沖止めにした可能性もありそう。

もっとも、人道支援任務を実施したついでに電子情報の収集ぐらいやってから帰るのも、この業界のお約束ではあるけれど。

だいたい、ロシア海軍が米艦入港を力任せで阻止すると考えていて、それを力任せに突破するつもりなら、東地中海に空母戦闘群をひとつ、さらにトルコの空軍基地に戦闘爆撃機・重爆撃機・AWACS 機ぐらいを緊急派遣していてもおかしくない。

それなのに、実際に派遣したのは駆逐艦・巡視船・揚陸指揮艦が 1 隻ずつと輸送機を何十ソーティか。しかも、大事な大事な揚陸指揮艦を単独で送り込んでいる。これなんかもう、最初から本格的な撃ち合いになるつもりがないと考えているから、ではないのだろうか ? その辺のゲームのルールは、みんな心得ているはずだから。

実際、本物の冷戦をやっていた時期には、洋上で米海軍とソ連海軍の軍艦がドツキ合いをやってたり (本当にぶつけたことまである)、艦隊につきまとうソ聯艦に米海軍の戦闘機がソニックブームをお見舞いしたりしていたわけで、それと比べれば今の状況なんて、かわいいかわいい。


「欧州とロシアの対立がどーたらこたら」と煽る報道だけ見ていると、もう一触即発、明日にでも黒海でミサイルが飛び交いかねない、みたいな感じに受け止められそうでな雰囲気だった。でも、これに限らず、過度に大げさに、刺激的に言い立てる報道はよくある。

たとえば、電車なのかで週刊誌の中吊りや夕刊紙の見出しを観察していると、景気が下り坂のときには「どん底に落ちる、大変だ」と不安感を煽る論調が目立つ。逆に上り調子のときには、イケイケドンドンな論調が目立つ。でも、下がり続けるものでもなければ上がり続けるものでもないので、たいてい、どこかで煽りと逆行する時期が来るもの。

外交的対立にしても、それだけで戦争になったり戦争に近い状態になったりするわけじゃない。もしも花火が上がった場合、それには相応の背景事情があるはず。いいかえれば、条件も整わないのに花火を上げるのは大馬鹿者だということ。

実のところ、「危ない危ない、一触即発だ」と煽る報道が並んでいるときよりも、対立要因がくすぶり続けているのに「大丈夫だ、戦争になんてなりっこない」という報道が並んでいるときの方が、むしろ危なかったりして。(テロ組織や、いわゆる "ならず者国家" で始末が悪いのは、こういったあたりの常識、あるいはゲームのルールが通用しない点にありそう)

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