Opinion : 改めて、文民統制のこと (2008/11/3)
 

文民統制の話、ずいぶん昔に何か書いた記憶があるけれど、空幕長の一件があったので、改めて書いてみようと思った。

個人的には、空幕長の更迭は「当然」という考え。それは、件の論文みたいな考えを持っている人だからではなくて、空幕長というポジションにいながらああいう内容の論文を出すという行為がどういう結果につながるか、分かってなかったの ? といいたくなるような、思慮の足りない行動ゆえ。「勇猛果敢・支離滅裂」にしては度が過ぎる。

だから、退官後に一個人として論文を書いたり発表したりする分には、好きにすればいいと思う。要は、右も左も関係なく、個人的な思想信条を職務に関わらせてはダメでしょ、ということ。なにも自衛隊に限った話じゃなくて、学校の先生なんかだって同じだと思う。


そこでたちまちクビが飛ぶ事態になったもんだから、お約束で「文民統制がどーのこーの」という発言をする人も出てくるわけだけれど。

ずいぶん前に書いたように、文民による統制の下で軍を動かすということは、文民が軍事のことを何も知らない状態では困るということ。だから、たとえばアメリカであれば統合参謀本部議長というポストがあって、大統領に対する軍事的な面からの助言役、というポジショニングになっている。

現実問題として、制服組が「ちょっと待ってくれ」と袖を引っ張っているのに、文民が突っ走って戦争を始めてしまう事例、戦争指導をおかしくしてしまう事例もある。その一例が OIF (Operation Iraqi Freedom) で、戦後の平定に関する文民 (誰とはいわんがラムちゃんなどのことだ) の楽観的過ぎる見通しが、話をややこしくする原因になってしまった。

そんなこともあるから、「文民統制とは、軍人が勝手に戦争を起こさないように文民が抑える制度」だなんて思っていると、大間違いということ。そんな解釈が通用するのは、永田町の、そのまた一部エリア限定。

確かに、軍事は政治に従属するという考え方は正しい。なぜかといえば、政治目的を実現する手段のひとつとして軍事力の行使があるわけだから、軍事力を行使する際に政治のことを何も考えなくてよい、という訳にはいかない。軍人勅諭ならずとも、「軍人は政治に関わらず」だけど、それは「政治のことを知らんでよろしい」ということじゃない。

逆に、文民も「軍事のことを知らんでよろしい」ということじゃない。だからこそ、文民の最高指揮官に対して制服組の助言役をつける制度が必要になる。そうしないと、政治的には正しそうでも軍事的にはダメダメな指令が出て、現場がひどい目に遭う。

早い話が、文民が一方的に軍人を押さえ込むだけでも、その逆でもダメなんじゃないのということ。政治と軍事は車の両輪なのだから、どちらか一方だけが優越するというのではバランスを崩す。政治的配慮ばかり優先した軍事作戦はグダグダになるだろうし、軍事的見地からのみ考えた作戦は政治の立場を危うくするかも知れない。互いに相手の立場や言い分を考慮に入れながら動かないと。

これを空幕長の一件に当てはめると、政府の統一見解に合わないことをいい出すようでは、政治の立場を危うくするからダメ、という話になりそう。

そういうことだからこそ、先々週だったかに書いたように、政治家が軍に対して何か任務を付与するのであれば、任務を達成するために必要なリソースを用意する責任がついてくる。リソースを用意しないで仕事ばかり増やすのは、結果的には現場に余計な苦労をかけて害毒を流すだけ。それが分かっていない政治家では困る。


だいたい、日本では「戦争」というと一部の街を除いて「太平洋戦争」とイコールになってしまうから、話がおかしくなる。しかもそれを、「軍人が勝手に戦争を始めた」といって責任を押しつけて頬被りして、さらに「軍事に関することをとりあえず全否定していれば、平和な気分でいられる」という形に発展させてしまったもんだから、文民統制についての解釈まで怪しくなってしまう。

文民統制がどうとかいっている政治家でも一般市民でも、日本、あるいはアメリカにおける軍の組織や指揮系統がどういうことになってるか、パッといえる人がどれだけいるだろう。なにも中隊や飛行隊のレベルまで諳んじていろとはいわないけれど、最高指揮官からどういう指揮系統が延びているか、ぐらいは踏まえた上で話をして欲しいもの。特にアメリカの場合、軍政 (管理) と軍令 (作戦指揮) の関係がややこしいことになっているのは事実だけれど。

なんだかこういう騒動を見ていると、戦後日本で続いてきた「軍」と「国民」の間の不幸な関係を象徴する出来事のようにも見える。

だいたい、日本の総理大臣でも合衆国の大統領でも、直接・間接に国民の代表として選ばれている人。ということは、某野党が大好きな任命責任という言葉を使うなら、文民統制ということは、回り回れば国民の任命責任につながるってこと。何かというと文民統制という言葉を連呼する人、そこのところが分かってるんだろうか、なんてことを思った。

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