Opinion : ランドパワーとシーパワーから脱線した徒然 (2009/3/23)
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以前からさんざんいわれていたことなので新味はないけれど、中国が空母建造の意志を公式に言明したというので、ちょっとしたニュースになった。
個人的には、だいぶ前に書いたように「"空母が欲しい症候群" にかかって、空母本体、さらに艦載機、訓練システム、護衛にあたる艦艇、後方支援といった分野でイモヅル式に、カネやその他のリソースを消費してくれる方がありがたい」と思っている。それに、ハードウェアを手に入れるのは難しくなくても、運用や訓練といった、ソフト的な部分のノウハウを手に入れるのは簡単じゃない。
ただ、それとは別に「そもそも、ランドパワー国が外洋海軍を目指して成功した事例が、どれだけあったっけ ?」という感想もある。これ自体は以前からある考えだけれども、改めて「では、どうしてランドパワー国の外洋海軍育成はうまくいかないのか」と考え始めたら、夜も眠れなくなった (うそ)
分かりやすいのは、先に書いたリソースの話。そもそも、陸地と人口を押さえてなんぼのランドパワー国にとっては、それだけで十分に人手と資金とその他のリソースを必要とするはずで、そこからさらにシーパワー国と渡り合えるだけの海軍戦力を整備するリソースがあるのか、という意味。
でも、これは人口や経済規模や手持ち資源の有無といったファクターに左右される部分もあるから、単に「ランドパワー国だから、シーパワーのために割くリソースに乏しい」と決めつけるのは、ちょっと乱暴なような気がする。目下、そこで堂々巡りしていて、まだ結論は出ていない。
その、中国の空母とランドパワー国の関係についてウダウダと考え込んでいたら、シーパワー的視点とランドパワー的視点という観点からすると、ソマリアの海賊問題についての見方が違ってくるかも知れない、なんて話に脳内で脱線した。
シーパワー的観点に立てば、国家を、あるいは世界経済を維持して行くには、海洋利用の自由を守ることが必要。そういう意味で、特にマラッカ海峡やソマリアの海賊が世界的な厄介事とみなされているのは、海洋交通のチョークポイントになっている場所が絡んでいるから。
だから、同じアフリカの海賊問題でも、ギニア湾あたりの海賊はソマリアほど騒がれない。ソマリアの海賊が、商船の通航が多くて、スエズ運河航路を扼しているアデン湾を脅かしているから問題になる。しかも、狭い海峡部を通らざるを得ないから、単純に「海賊がいない場所を選んで通れば OK」という話でもないし。
ともあれ、海洋利用の自由という観点から見た海賊対策で何が一番重要かといえば、「商船を襲わせないこと」。もちろん、結果的に海賊を引っ捕らえることはあるにしても、現時点で展開している程度の軍艦だけで海賊が消滅するなんて考えてる人は、(少なくとも直接当事者には) 多分いない。
根本的には、ソマリアにまともな政府ができて、自国の治安を自国で維持できて、まともな経済運営が可能になって、という条件が整う必要があるのだろうけれど、それを今すぐパッと実現できるかといえば無理。そもそも、いくら外部からやいのやいのといってみても、当事者がその気にならないと「まともな政府」は実現できない。
よく「外交努力によって解決を」なんていう人がいるけれども、「じゃあ、具体的にどんな外交努力をするのか」というところまで言及してる人が何人いるだろう。そういう人って、要するに「海自の派遣反対」「軍事力の投入反対」っていいたいだけ。それに、例の「海賊ではなくて自警団論」とか「虐げられた漁民論」も、ただの論点ずらし。事情はどうあれ、丸腰の商船を襲って積荷や身代金を奪っていいわけがない。
だから、即座に根本的な解決が見込めなくても、さしあたって商船の安全な通航という目標を実現するにはどうすればいいかと考えれば、危険海域に的を絞って護衛を実施するのは無難な結論。
でも、そういう発想が抜け落ちて「海賊対策 = 海賊を捕まえるなどして、数を減らすこと」というランドパワー的 (?) 発想に立つと、「海賊を何人捕まえてもキリがない」とか「いくらやっても無限ループだ」とか「今回に限って世界各国が共同戦線を張っているのが滑稽だ」とかいう感想しか出てこない。
そうじゃなくて、船舶の護衛によって海賊という稼業が成立しにくい状況を作り、時間稼ぎをするのが、当座の目標なのでは。それであれば、「海賊対策に使うカネは、そのまま海賊に渡した方がいい」なんていう、まさに「盗人に追い銭」的な発想は、もう問題外のそのまた外。そんなことやったって、海賊をますます割に合う商売にするだけで、根本的な解決にならない。へたしたら、海賊になりたがる奴が却って増える。
冒頭の、「ランドパワー国が外洋海軍を目指しても失敗ばかりする理由」については、結局のところ、まるで結論が出ていないので、とりあえず先送り。何か納得のいく話になったら、機会を見つけてどこかで書くかも。厄介な宿題を自分で作ってしまった ?
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