Opinion : 軍事について知るには (2009/6/22)
 

「いつも他人のいうことにイチャモン付けてばかり」なんて思われても癪だし、今週はちょっと芸風を変えて。

最近、ブロゴスフィア界隈なんかで「軍事について知りたい人に勧める 3 冊の本」とかなんとかいう類のネタが流行ってるみたいだけれど、個人的には「3 冊なんて無理 !」という感じなので、具体的な書名は挙げない。

なんでそう思ったかといえば、軍事というか安全保障問題って、それこそもう、ありとあらゆる学問が関わってくるから。「鉄道」だって相当なものだけれど、「軍事」の方がさらに幅が広い。


たとえば、どこかの海戦の記事について書かれたものを読んだとする。当然、勝ち負けが出てくるから、そこから「装備の良し悪し」とか「戦術・戦略」とかいう話につながる。装備の話になると技術的な話を避けて通れないから、とりあえずスペックを調べてみる。

それが戦艦なら装甲板の厚みだけでなく材質だって関わってくるから、鋼材について知りたくなるかも知れない。そうなるとエスカレートして、鉄の製造・加工過程から素材の配合比率にまで話が発展、そこからさらに脱線 (?) して、果てはニッケルやクロームやモリブデンの産出が多い場所ってどこだっけ、といって資料を漁り始めて… あれ、そもそもの発端は何の話だったっけ (爆)

なんて書いている自分自身、アルミ合金やステンレス鋼の素材について知りたくなって、JIS の便覧をひっくり返したことがある。この手の工業規格の話だって、兵器の大量生産や品質管理の問題から見れば避けて通れない。品質管理ということになると、規格作りだけでなく人材の管理、さらには企業・国家レベルのマネージメントの話に発展する。戦時における技術者の動員体制作りとか徴兵免除とかいう話も関わる。

あと、三沢あたりに住んでいる人が「象のオリ」に興味を持てば、通信傍受について知るには通信そのものについて知る必要が生じる。そこで無線通信技術や関連する問題 (電離層とか) について調べているうちに脱線して、とうとうアマチュア無線の免許を取っちゃった。ところがそうなると、コールサインとかフォネティックコードとかいう話が出てきて、また軍用通信の話に逆戻り、とか。

こんな調子で事例を挙げていくとキリがないので、これぐらいにして。
こんな具合に、何か「入口」になる分野がひとつあると、そこからハイパーリンク式に別の話題に世界が広がっていって、しまいには人類の営み、歴史に関わるあらゆる学問に行き着いてしまう可能性があるのが軍事というもの。

だから、戦車でも軍艦でも人でも食い物でも何でもいいから、まずは自分が興味を持った分野について書籍や雑誌を買って読んでみる、というところから始めればいいんじゃないかなあと。そこから特に関心が強かった分野に集中して碩学を目指してもよし、幅の広さを追求するもよし (というよりも、結果としてそうなるパターンか)。

その際に、いちいち他人の評判は気にしない。おカネを出す以上はハズレを引きたくない、という気持ちも分からんではないけれど、ある人にとって「ダメ」なものが、別な人にとっては「良い」ということもあるのだし、他人の価値判断を尺度にし過ぎるのはどうかと。

そうこうしているうちに、対立するモノの見方、矛盾する内容の情報に出くわすことも出てくるはず。そこで単純二分式に「どっちが正しい、どっちが間違い」とやりたくなるものだけれども、ある時点では正しいとされていた情報が、後になって実は間違いでした、なんてことになる事例が多々あるのがこの業界。そんな、情報との付き合い方まで身をもって体験できる。

もちろん、特定の国とか装備とか勢力に肩入れして、それに対してネガティブなことを書いている情報は全部クソ、という類の接し方をしたければ、別に止めないからそうすればいいし (その代わり、それによって生じたことの責任は自分でとろうね)。


悲しい話でもあるけれど、戦乱の歴史は人類の歴史と同じだけ存在するし、人類のさまざまな営みには戦乱の歴史が関わってきている。特に科学技術の分野において、そうした傾向が顕著なのは紛れもない事実だし、それ以外の分野にしてもしかり。

だから、「この学問分野なら軍事とは無関係でいられる」とか「この業種なら平和産業だ」とかいう調子で、自分の手が汚れていないつもりになるのは不可能。コンピュータやインターネットや保存食はいうに及ばず、熱傷治療がベトナム戦争のときに大きく進歩した、なんて事例すらあるわけだし。

そんな調子だから、軍事にまつわるあらゆる学問を制覇してやろう、というのは時間的・資金的に見て無理があるかも。もちろん、本を何冊か読んだだけで軍事について分かろうというのも不可能な相談。それをやるには、関わりがある分野の幅が広すぎるから。

つまり、「軍事」という独立した学問があると考えるよりも、ありとあらゆる学問が何らかの形で軍事と接点を持っている、と考える方が実情に合っていると思うし、そのことを否定しようとしても無理。喰わず嫌いはしないで、まずは知識欲のおもむくままに動いてみてはいかが。

あっそうそう。陰謀論者をとっちめるためには、基本的な物理・科学と算数の知識があると助かるかも。ときどき算数ができない陰謀論者がいるみたいだし。

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