Opinion : 国家は国民を護らない ? (2009/8/24)
 

軍事力の存在というか、必要性を否定する人がよく使う論法で「軍事力は国民を護る役に立たない」というのがある。たいていの場合、沖縄戦を引き合いに出すものと相場は決まっている。

それの派生論法で、「国家は国民を搾取して戦争に駆り立てるだけ。国家に経済活動の単位以上の意味はない」といった趣旨の、いわば「国家は国民を護らない的国家否定論」みたいなものも目にした。

この辺の話について、ちょっと考えてみた。


なるほど、沖縄戦では民間人が戦火に巻き込まれているし、それだけでなく、学校の生徒まで動員して軍の任務に巻き込む事態になった。それは否定しようがない事実で、「そんな事実はない」なんてムチャクチャはいわない。

ただ、この手の話が出てきたときに考えなければならないのは、単に結果論で「軍の存在は国民を護る役に立たなかった」ということだけなのかなあ、と。少なくとも、その背景にどういった事情があったかを考慮して、分類する必要があるんじゃないかと。

沖縄戦についていえば、沖縄が戦場になる可能性が高いと判断した時点で、子供などの疎開を始めていた。別件の話になるけれども、硫黄島みたいに住民を避難させた事例もある (といっても、硫黄島と沖縄では住民の数が桁違いだが)。

ただし、沖縄では疎開の過程で対馬丸遭難事件が起きているが、これは対馬丸に限らず、帝国海軍における商戦の護衛体制が "なっていなかった" から。沖縄本島の場合、南部を主戦場と想定した上で住民を北部に避難させようとしても、避難に使う輸送手段などのリソースがなくてままならなかった。

こういった事例も含めて、よしんば護ろうとしても、そのための適切なりソースを欠いていたケースがあったことには留意するべきじゃないかと。日本本土の都市が B-29 に爆撃されたときに、防空部隊が有効な打撃を与えられなかった件も、これに分類してよいと思う。もちろん、防空部隊の戦闘機搭乗員は必死になって戦ったけれども、相手が悪すぎたし、数でもテクノロジーでも差がありすぎた。

突き詰めると、「そんな相手と戦争したのが悪い」という話になるけれども、それはもはや「軍隊が国民を護るか」とかいうのとは別次元の話。

こうした「護るつもりがあったとしても、どうにもならなかった」ケースとは別に、ハナから護るつもりがなかったとか、軍が国民に銃を向けたとかいうケースもある。国民の軍隊というよりも、独裁者や王様の軍隊、あるいは党の軍隊といった、いわば権力と体制を護るための存在であると明確に位置付けられている国で、こうした事態が起きやすいと思う (例 : 天安門事件)。

そういった背景事情まで考慮に入れた上で、「軍隊は国民を護らない」「軍隊は国民を護れない」と主張している人には、トンとお目にかかったことがない。逆に、冷戦期における核抑止みたいに、実際に花火を上げずに抑止力が抑止力として機能したおかげで、結果的に国民を護ることができた - といってよいハズだ - 事例もある。

まとめると、背景事情に対する検討を欠いた状態で、結果論で一つか二つの事例を持ち出した程度で「軍隊は国民を護らない」「軍隊は国民を護る」と結論を出すのは無理でしょ、ということ。


国家云々にしても似たところがある。確かに、国家がとった政策が国民に痛みを強いるものであった、なんて事例はたくさんある。じゃあ、国家なんて役に立たないから国家を解体してしまえ、といえるか ? それはますます無理があると思われる。

たとえば、日本国政府発行のパスポートで、しょっぱなのページに何て書いてあるか、という話。国家という主体があるからこそ「安全な通行を要請」できるのであって (実現できるかどうかはまた別の話だけれど)、国家という主体がない場合、誰が誰に安全な通行を要請すればいいのだろう。

国家が国家として機能していない事例というと、昨今ではソマリアがあるけれども、仮に国家という主体を解体して、ソマリアと同じことにならないと保証できるもんだろうか。はっきりいってしまえば、「派遣切り」が横行する国と「辻斬り」が横行する国と、どっちがマシよ、という話。

先に挙げた軍隊だけでなく、警察も消防も、あるいは健康保険も年金も、国家が関わって成立・運営しているわけで、国家が気に入らないからといって、そこまで無くしちゃっていいの ? それで日本が「リアル北斗の拳」みたいなことにならないと断言できる ? 現実問題、国家の存在を否定してアナーキーな状態でやっていけるかといえば、それは不可能と断言していい。

たいていの場合、国家が国家として機能しなくなると、武装した軍閥みたいなのが勃興してグダグダになるもの。そうなった日には、それこそ「武力がないと安心できない」状況になってしまう。そんな事例ならたくさんありますけれど ?

なお、「国家があるから国家同士で戦争するので、国家を無くして地球市民にしてしまえば平和になる」なんていう実情無視の寝言については、以前に否定する論考を書いたことがあるので繰り返さない。

今の民主主義政治が完璧な体制かというと、そんなことはないし、改善の余地はあると思う。ただ、国民が投票行為によって意思表示する手段があり、良くないと思った指導者を追い出せるという点では、まだしもマシな体制ではあるだろうと思う。そういう体制の下で、「国家の軍隊」や「党の軍隊」じゃなくて「国民の軍隊」を建軍して機能させることができれば、少なくとも軍隊が国民に銃を向けるような事態、国家が国を潰すような意志決定に至る事態は避けやすくなるのでは (100% ではないにしても)。

それを、短絡的に「軍隊は国民を護らないから要らない」「国家は国民を護らないから要らない」なんて結論にすっ飛んでしまう人は、話が結論先行型で短絡的すぎる。そもそも、国民の代表によって形成された国家であれば、「国家が国民を弾圧・搾取する」という階級闘争史観丸出しの論法を持ち出すこと自体に違和感がある。

それに、軍事力の必要性を否定する一方で「自分と対立する意見については、法律で規制して取り締まれ」なんていう、それこそ憲法違反もいいところの暴言を吐くような人に、平和がどうとかいってもらいたくない。強硬に「平和」を主張する人ほど、実は憎悪を滾らせていて対立意見の存在を許容できない現状からいって、そんな人の声がまかり通ったら、そっちの方が弾圧的体制になってしまうのではないか ?

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