Opinion : 人間を思い通りに操るのは難しい (2009/9/7)
 

書評 "進化する地政学" / "インフォメーションパワー 戦略、地政学と第五次元" (Flying Spaghetti Monster) を見て、面白そうなテーマだと思い、自分なりに考えてみようと思ってみた。

1990 年代の後半ぐらいからだったか、Jane's Defence Weekly なんかで EBO (Effects Based Operation) という言葉をみかけるようになった。最初は何のことだか分からなかったけれども、「ああ、そういうことか」と納得したのは確か、「軍事システムエンジニアリング」を読んだときだったような。

そういえば、IW (Information Warfare) なんていう言葉もある。その一環となる心理作戦 (PSYOPS : Psychological Operations) という用語なら、ずっと以前からある。いずれも、「敵軍を物理的に破壊する手段」というよりは、「敵軍を自軍に都合がいい方向に操る、手段ないしは考え方」と位置付けられるんじゃないかと思った。(ただし、IW の中にはネットワークへの侵入や攻撃といったものも含まれる)

なるほど、要は敵軍が自軍に刃向かってこなければいいわけだから、物理的に破壊・殲滅する方法だけでなく、降参させる方法でも寝返らせる方法でも、同じ結果が得られるという考え方は成立しそう。と思ったけれど、そこでひっかかった。


敵軍、あるいは敵国の "重心" になっている部分を破壊することでシステム全体を麻痺状態にして戦争に勝利する、という考え方がある。

極度に中央集権化されていて、偉大なる独裁者様が指示を出さないと前線の部隊は何もできず、独自の判断・裁量で行動することを認められていない場合、指揮系統や通信網を破壊・遮断してしまえば機能麻痺を起こす可能性は高そう。でも、それは「機能麻痺を起こす可能性が高い」であって、確実に機能麻痺を起こさせる、ではない。

それと対極をなす分散型というか、もともと単独で動いている小さな組織の集合体みたいな相手になると、そもそもどこが "重心" なのかが分かりにくい。テロ組織なんかはこのパターンだろうか、と思ったけれど、テロ組織にも「聖域」「資金」「大衆の支持」という "重心" はあるか。

ともあれ、分散型の組織では、頭を殴ったからといって全身麻痺を起こすとは限らない。そもそも、どこが殴るべき頭か分からないという方が正解かも。そういう相手に対して「効果ベース」なんていってみても、そもそもどうやればこちらが期待する効果が得られるのか、という話になりそう。

心理作戦の類にも似たところがあって、古典的なビラ撒き、あるいはラウドスピーカー・テレビ・ラジオなどを駆使した宣伝放送、はたまたインターネットを駆使したプロパガンダなど、いろいろな手段が考えられる。ただ、それを受けた相手が、果たしてこちらの期待通りに動いてくれるかどうかについては、期待はできても確約はできない。

また、敵軍を明後日の方向に動かそうとして欺瞞作戦を実行したり、偽情報を流したりする。でも、それにひっかかってくれるかどうかは相手次第。うまくいくこともあれば、欺瞞を見破られることもある。ときには、本物の護送船団に敵が攻撃を仕掛けてこないようにニセ船団を先行させたら、敵がニセ船団に気付いてくれなくて本物だけが襲われた、なんてことも起きる。かように人間を操るのは難しい。

これが物理的な破壊手段であれば、「○○平方キロのところに△△個大隊ぐらいの敵軍がいるので、1 平方キロあたり×発の砲弾を撃ち込んで殲滅せよ」というやり方で、ある程度は結果が読める。もちろん、これとて敵の防禦態勢次第で結果が変わってくるから、盛大に準備砲爆撃を仕掛けたのに散々な目に遭った、タラワや硫黄島みたいなことも起きる。それでも、破壊効果については、まだしも結果を読みやすい。

そういう意味では、EBO とか IW とか PSYOPS とかいう考え方、あるいは手段は、男女間の恋愛の駆け引きに似た部分があるようにも思える。

いきなり何を言い出すのだ。

「こうすれば、相手はこう動いてくれるだろう」みたいな計算をして何か仕掛けてみたら、思い通りに行くこともあれば、鈍感な相手にあっさりスルーされてスカに終わることもある。かように人間を操るのは難しい。もっとも、だからといって物理的に襲うのがよろしい、というわけではない。為念。


こんな調子でいろいろ考えてみると、IW にしろ EBO にしろ、確かに重要な手段ではあるけれども、それだけで戦争にケリがつくってものではなさそう。こうした手段が重要なのは間違いないにしても、だからといって物理的な破壊手段を疎かにしていいことにはならない。

そういう意味では、航空戦力にも似たところがありそう。航空戦力というのは面白い性質があって、それがないと戦争に勝てないくせに、それだけでは戦争に勝てない。

よく、軍事力の必要性を否定するために「ソフトパワー」なんてことをいう人がいる。実のところ、ソフトパワーを国家戦略遂行のための手段としてみた場合、IW や PSYOPS の一種と位置付けられるのではないかと思うのだけれど、そうなると前述のような問題点がつきまとう。

つまり、ソフトパワーを駆使したからといって、それを行使した相手が自分に都合良く動いてくれるかどうかは不確定で、保証はできないということ。適切な事例かどうかは分からないけれども、アメリカ映画が広まってもアメリカ嫌いはいなくならないし、中華料理屋が世界各地に存在していても中国嫌いはいる。その他いろいろ。

だからといってソフトパワーを軽視、あるいは無視していいとはいわないけれども、軍事力を否定するための飛び道具としてソフトパワーを持ち出すのは、ちと考え方が強引すぎるのではないかと。ソフトパワーでも IW でも PSYOPS でも、相手を都合良く操ろうとする手段ではあるけれども、こちらの都合のいい結果を強制する手段にはならないわけだから。

Contents
HOME
Works
Diary
Defence News
Opinion
About

| 記事一覧に戻る | HOME に戻る |