Opinion : 万一の可能性に対する想定とリードタイムの問題 (2009/10/5)
 

デジタルカメラを使うようになって長く経つ。当初は、メモリカードのキャパをケチって小さめのサイズ (1024×768 ぐらい) に設定していたけれど、メモリカードが安くなってきたのと、「大は小を兼ねる」という考え方から、最大サイズ・最低圧縮率で記録しておくのが既定値になった。

確かに、小さな画像を引き伸ばせば荒れるし、JPEG は不可逆圧縮だから高い圧縮率で保存していたものを低い圧縮率に変えても、画質が良くなるわけではない。だから、きちんと保存しておきたい写真については、この扱いはそんなに間違っていないはず。でも、メモ的な写真まで最大サイズ・最低圧縮率で記録するのは無駄というもの。

それに、デジカメを買い替えるにつれて画素数が増えているので、「最大サイズ」のレベルが違ってきた。こうなると、「後々のことを考えて」最大サイズ・最高圧縮率を維持するのは無理があるので、最近は最大サイズ・圧縮率高めにすることが多い。

こんな悩みを抱える羽目になった一因は、「後で高品質な写真が必要になるかも知れないから」といって、サイズを大きめに、圧縮率を低めにとろうとするから。でも、実際にそういう配慮が功を奏したことがあったかというと、皆無ではないにしても、ごく少ないのが実情。つまり「万一の可能性の過大評価」というやつ。


まったく、デジタルカメラならではの悩みといえるけれども、この手の「万一の可能性の過大評価」って、他のいろいろな分野にもみられると思う。そのせいでモノを捨てられない人は少なくなさそうだし。

ところが、「万一の可能性」が常に過大評価、杞憂で終わるかというと、そういうものでもない。静岡県で「東海地震の可能性」という話が出てから 30 年以上経って、初めて実際に、駿河湾を震源とする震度 6 オーバーの地震が発生した。狼少年みたいなことにならずに、ちゃんと備えを怠らずにいたおかげで被害を少なくできた静岡県民はえらい。

とはいうものの、戦争とか災害とかいうものは、往々にして想定外のところを突いてきたり、想定をはるかに上回るレベルで発生したりする。すると、せっかくの備えも完全には役に立たなくなってしまう。それでも、何も対策を講じないよりは被害を少なくできるわけで、備えが無駄ということはない。「いちぜろ」でしか物事を考えられない人には理解できないだろうけれど。

この手の話を煎じ詰めると、「万一の可能性」のレベルをどの程度のところに設定すれば、戦争や災害といった有事への備えができるかという、議論のベースライン作りの問題になるのだと思う。どのレベルの脅威が想定されるか分からなければ、どのレベルの対応策を講じなければならないかも決まらない。ただ、利用可能なリソースの問題も考えなければならないので、無制限にベースラインを引き上げることもできず、現実的なレベルでの妥協も求められる。

ところが、戦争とか災害とかいったものは往々にして、このベースラインを決めるところでケンカになる。八ッ場ダムの一件なんか典型例で、「100 年に一度レベルの水害」をベースラインにするか、もっと多発する可能性があるけれども低レベルの水害をベースラインにするか。ダム建設に賛成する人は前者をとりたがるだろうし、反対する人は後者をとりたがるだろう。将来の水需要予測もしかり。

安全保障の問題も同じで、脅威をどの程度に見積もるかでケンカになる。戦国時代ならまだしも、現在では、兵隊の頭数や装備品の数だけでは軍事力を推し量れない。しかも国家指導者の「意志」とか「心理」とかいう、定量化しづらいファクターも絡んでくる。それだけに、脅威度を高く見積もろうとする人と脅威度を低く見積もろうとする人が、延々と水掛け論を展開する。

脅威度を低く見積もるならまだしも、脅威度はゼロだと主張する人もいる。脅威があるかどうかという議論そのものから目を背ける人までいる。多分、100 年経ってもケリはつかない。


それで個人的に考えたこと。
もちろん、「万一の可能性」のベースラインをどの程度に見積もるかどうかという議論も重要。でも、それだけではなくて、対応策を講じるためにどの程度のリードタイムが必要か、自力で対処できなかったときの対策はあるか、という視点も必要じゃないかと。

たとえば、水害が発生したので治水のためにダムを造りましょう、という話になったとしても、構想が出てからブツが完成するまでには、10 年から 30 年。下手をすると、もっと長い期間がかかる。

時間がかかるといえば、軍隊の育成・養成なんていうのもそう。とりあえず、所要の頭数と装備を揃えるだけならまだしも、継続的に即応体制や練度を維持して、適宜、装備を更新して、自前で人材を育成できるだけの教育・訓練制度を確立して、という水準まで実現するのは簡単じゃあない。それだからこそ、MPRI みたいな訓練・顧問系民間軍事企業の出る幕がある。でも、そうやって肝心なところをアウトソースしている限り、完全な自立はできない。

また、自国のリソースだけでは所要の対抗策を実現できないという場合に、たとえば安全保障問題であれば、目的を同じくする他国と同盟を組んで集団で対応する、なんていう手を取る選択肢も出てくる。どこかの国みたいに、「とにかく集団的自衛権はダメだ」とかいう思考停止した主張しかできない人がいる場合もあるけれど。

こういう、「ヤバイ」となったときに迅速に対抗策を講じることができない種類のものは、相応にベースラインを高めに設定して、長期的・継続的に一貫性のある施策を講じる必要があるんじゃないか、と考えた次第。目先の政策、あるいはカネの問題から土台をゆるがせにすると、いざというときに多額のツケを支払う羽目になるから。

逆に、想定外の事態に見舞われても、制度をいじるとか、モノを買ってくるとかいう手段で迅速に対応して被害の拡大を抑制できるのであれば、ベースラインを低めに設定しても問題は少ないと考えられそう。

ダムでも安全保障でも何でも、あまりこういう「対応策の実現にかかるリードタイムの問題」という観点から議論をしている人って多くないんじゃないかなあ、と感じたので、サクッと書いてみた次第。

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