Opinion : 無駄についての徒然 (2009/11/23)
 

例の「仕訳人」の騒動を眺めていて、ふと思ったのは「そもそも "無駄" ってどういうことなんだろう」ということ。そこで、まずは辞書を調べてみた。ただし、紙の辞書ではなくて Microsoft Bookshelf で調べた結果を引用してみた。

1 せっかく何かをしても、それだけのかいが無いこと。
用例・作例
忠告しても - だ
- な努力
- 事(ゴト)・- 死(ジ)に

2 役にも立たない使い方をすること。
用例・作例
- 〔=浪費〕を省く
- な金を使う
- が△大きい(目立つ)

Shin Meikai Kokugo Dictionary, 5th edition (C) Sanseido Co., Ltd. 1972,1974,1981,1989,1997

ふーむ。


無駄というと真っ先に思いつくのは「無駄なお金の使い方」とか「無駄な時間の使い方」とかいったもの。カネを使ってもそれに見合った成果が得られないとか、時間を無為に過ごしてしまったとか、そんな感じか。

そこでふと思ったのが、俗に無駄といわれるもの、あるいは無駄といわれそうなものの中にも、実はいろいろあるんじゃねぇの、ということ。もうちょっと具体的にいうと、本物の無駄以外にも

  1. 万一の事態に備えると止められないもの
  2. 後々になって影響が出てくる可能性があるので止められないもの
  3. 必要なことは必要なんだけれど、現状では優先度を下げざるを得ないもの
といった具合で。

たとえば、軍隊とか警察とか消防とかいったものは、「1.」と「2.」の複合型。「万一の事態」が発生しないに越したことはないけれども、絶対に発生しないと断言することはできないから「1.」。それに、軍事力とか警察力には抑止という側面もあるし。

あと、人材・装備・インフラ・ノウハウといったものについて、いったんなくしてしまうと後から再興するのが大変で時間がかかり、いざというときの役に立たない事態になってしまうので、そういう意味から、「2.」でもある。そんなこんなで、無駄呼ばわりする人の方が間違っている。保険の掛け金を無駄といわないようなもの。

教育とか人材育成に関わるものは、おそらくは「2.」。資金を投下したからといって即時に効果が実感できるとは限らないし、むしろそうならない可能性の方が高い。でも、後になってジワジワと効いてくるのがこの分野。

宇宙開発がらみのネタが無駄呼ばわりされた場合、「2.」と「3.」の複合型に分類される場合が多そう (もっとも、内容や国情にもよる)。我々の生活に、見える形・見えない形で宇宙開発が関わっているのは間違いないけれども (だから「2.」)、相当なリソースを必要とすることから、資金・人材などの状況次第では優先度を下げざるを得ない可能性も出てくる (だから「3.」)。

国家レベルの話でなくても、個人レベルでも同じ考え方を適用できそう。たとえば、うちではコンピュータ関連の資金投下が減っているけれども、これは IT 分野の仕事が占める比率が下がっていることと、Windows 7 が Windows Vista よりも軽快になったおかげでパワーアップの必要性が少なくなったことが原因。あと、仮想化環境のおかげで実験機の台数を減らすことができた、なんて事情もあったりする。

ただし、デジタルカメラの利用が拡大して、さらに RAW 現像にまで手を出してしまったのは、CPU や HDD の強化を求める要因にもなる。とはいっても、HDD は安価だから大して懐に響かないし、CPU にしても「処理に時間がかかるだけなら、風呂に入っている間にでも RAW 現像をやらせておけばよろし」という対処で済むレベルで済んでいるので、「3.」に分類してみた。もちろん、人によって事情は違うので、「自分の場合は」という但し書き付きだけれど。

といった具合に、「無駄といってもいろいろある」というような考え方をしないで、「(現時点で) 効果が得られない、効果を実感できないので無駄」といって単純に切ってしまうのは、ちと乱暴ではないかなあと思った次第。

つまり、「これは優先度が低いのでとりあえず保留、ただし後で再興するかも」とか「無駄に見えるけれども、ここで切ると後々の影響が大きいので止めない」とか、そういう説明までキッチリとしてくれるなら、まだしも納得がいくのだけれど (これ、反論する側にもいえることかも)。


これは程度問題という話になるけれども、まったく無駄がないのが素晴らしいのかというと、必ずしもそうとはいいきれない場合もあるように思える。杉山隆男氏が「メディアの興亡」の中で、「人付き合いの中では、無駄というものが案外と触媒の役割を果たすので重要」なんてことを書いておられたけれども、なんとなく納得できる。とことん合理主義に徹して無駄を排除している人って、なんとなくキュークツで付き合いにくそうだし。

ということは、無駄の中にも無駄ではない無駄と無駄な無駄があるのでは… なんてことをいい出すと無限ループになって収拾がつかなくなりそうなので、この辺で話を切ることにして、スタコラサッサと逃亡。

そういえば。「仕分け人は無駄でした、といって最後に仕分けられる」なんていう事態になったら笑えない。でも、粛清の現場を担当した人が最後に粛清される、とかいうのもありがちだからなぁ。

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