Opinion : 門外漢に説明する必要性 (2009/11/30)
 

例の「仕分け人」の騒動を見ていて思ったのは、「担当の役所や事業の内容に関係なく、自分たちがやっていることを、誰にでも分かる形で平易にアピールすることって重要だよなあ」という話。

何をそんな当たり前のことを、といわれそうだけれど、こと国費の支出に関していうと、予算を獲得するために説明する相手は一般大衆、あるいはその代表 (ということになっている) の政治家よりも、むしろ財務省ではないかと。

もちろん、財務省が相手だからといって楽をしているわけではないだろうし、きちんとデータや理屈を揃えて説明しなければならないだろうけれど、そこで求められる説明能力は、一般大衆向けのそれとはまた違うように思える。というのは外野の勝手な見方なんだろうか。

以前に「マイコミジャーナル」の連載や「エアワールド」の記事で、F-22A の生産打ち切り問題に絡めて、アメリカにおける国防予算策定のプロセスについて書いた。国防総省や三軍の幹部は制服組だろうが文官だろうが、なにも予算審議の過程に限らず、なにかというと議会に行って説明にこれ努めなければならないのがアメリカの流儀。

もちろん、こうした政治のシステムはそれぞれの国の歴史や文化や土壌に根ざしているものだから、アメリカの流儀をそのまま日本に輸入しても、うまくいくとは思えない。ただ、軍の幹部が (同じお役人相手ではなく) 議員を相手にすることで、誰でも分かる形で平易に説明する能力が鍛えられてるんじゃないかと推測してみたけれど、どうだろう。

平素からそういう環境に置かれていれば、その分だけ「予算削減の危機 !」なんていう事態に見舞われたときに、「かくかくしかじかの理由により、この事業には資金を投じるべきである」と、多くの人が納得できる形で説得できる可能性は高まりそう。それだって、一種の説明責任といえるんじゃないかと。


ただし難しいのは、(よくいわれることだけれど) ある事象について自分が詳しいということと、それを他人に対して平易に噛み砕いて説明できるということは、別の問題だということ。つまり、専門家だからといって優れた解説者にもなれるとは限らない。学会とかなんとか、話が通じる相手同士の場であれば問題がなくても、素人が相手になると状況は一変するわけだから。

もちろん、解説の能力がへっぽこだからといって専門家としての評価が落ちるわけではないけれども、そういう人しかいないと、その業界にとっては不幸なことになると思う。たとえば、広報とか予算獲得とかいう分野で。

もっとも、平素は知らん顔をしているのに、ノーベル賞とかなんとかいった類の、華やかな場面が出現したときだけ持て囃す新聞・TV などの態度も、それはそれでどうかと思うけれど…

というわけで、「どこの業界も、素人相手に説明できるスキルを備えた人材の育成に励みましょう。おわり」としてしまったのでは不親切な話。なので、どうやったら噛み砕いた説明ができるんだろう、というところまで踏み込んでみようと思った次第。

いささか抽象的な話だけれども、最初に必要なのは「受け手の立場に立って考える」ということ。つまり、「この説明で相手は理解できるのか ?」ということを常に意識しないと駄目。物事を自分の側から眺めるのではなく、まず相手の側から眺めてみないと始まらない。

もちろん、専門用語・業界用語の羅列で煙に巻くなんてもってのほか。専門用語や業界用語が出てくるのは仕方ないし、なまじそれを "翻訳" してしまうと意味不明になってしまうけれども、専門用語や業界用語をズラズラ並べて終わりにするのでは駄目。

つまり、専門用語でも業界用語でも何でも、それがどういう意味なのか、どういう背景やロジックに基づいているのか、というところから順を追って段階的に (これ重要) 説き起こさないと、門外漢に理解してもらうのは難しい。いくら説明の仕方に工夫を凝らしても、順序を間違えると台無しになってしまうことが多いものだから。

よくある話で「何が分からないのか分からない」というのがある。その状態から、一通り理解してもらう状態まで持って行くには、何をどういう順番で説明していけばいいか。それが分かっていて、どうロードマップを構築できるかで、説明能力の良し悪しが決まってくると思う。

直接的な説明だけで駄目ならば、場合によっては例え話を駆使するのもあり (といってもこれ、適切な例えを見つけてくるところが難しいのだけれど)。言葉だけで足りなければ、図版や映像を駆使するのもあり。使えるものは何でも使う。

そうなってくると、変にプライドが高いのも考え物かも知れない。正確にいうと、自分がやっていることに誇りを持つのはいいんだけれども、「どうだ凄いだろう」という意識ばかりが前面に出すぎると、平易に噛み砕いて説明する場面では阻害要因にしかならないと思う。


もっとも、これらの話っていうのは、相手が聞く耳を持っていて、説明次第では納得してくれるという前提が必要。どこぞの事業仕分けみたいに、もはや結論先行型の人民裁判と化した状況下では、いくら説明しても、相手が納得して翻意するかどうか。
これ、いわゆる市民運動家でも見られることがあるパターン。反論するのに、どこがどう間違っているかは一言もいわずに、「問題にならない」と切り捨てるだけ、なんて事例を目にしたこともある。

ただ、当人を納得させることができなくても第三者が納得してくれれば、結果として周囲から外堀を埋める効果が期待できる (こともある) から、決して無意味なことではないはず。だから、当事者か、それが無理なら外部に応援団を確保して、それぞれの学問分野とか業界のことを分かりやすく説明できる体制を作ることは、重要なことなのではないかなあと思った次第。

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