Opinion : 大和の出番が少なかった理由についての私見 (2009/12/7)
 

↓の一連のやりとりを見ていて思ったことを、今頃になって書いてみようと思った。

「株式日記と経済展望」の TORA 氏が主機の種類を間違えたのは御愛敬 (え ?) としても、その後がいけない。「役に立たなかったモノの象徴」として戦艦大和を引き合いに出すなら、前線に出てこないで後方にデンと腰を据えていた理由をちゃんと分かっていないと、「造っても役に立たなかった」と主張する論拠が怪しくなってしまう。


まず、「造られた途端に旧式化したから使い物にならなかった」というのは事実誤認だと思う。何をもって旧式化というのだろうか。なかなか前線に出て行かなかった理由は、新式・旧式以前のところにあると思うのだけれど。

つまり、設計の問題よりも運用の問題よりも、根底にあるドクトリンの問題。日露戦争と同じデンで「ここぞという場面で乾坤一擲の艦隊決戦をやって、それに勝利すれば戦争に勝てる」という考え方にこそ原因を求めるべきではないかと。「ここぞという場面で出てくる切り札の決戦兵器」として造った大和・武蔵を、相対的に重要度が低い作戦に出すわけには行かない。切り札は最後まで取っておくものだから。

あと、「現存艦隊」(fleet in being) という考え方があることも知っておくべきだと思う。存在すること自体が抑止力になるという考え方。もっとも、これを機能させるには艦の存在、あるいは強大さをある程度は誇示する必要があるわけで、そこで大和・武蔵の存在そのものを秘匿していたのはどうなのか、という議論はある。

さらにいうならば、出そうと思っても思うに任せなかった燃料事情を考慮しなければならない。え ? 大和の主機がディーゼルなら燃費がいいから燃料事情は影響しなかっただろうって ? お生憎様。大事な大事な切り札の戦艦を単独で出すわけには行かない。護衛のために巡洋艦や駆逐艦を何隻もつけてやらないといけないから、そっちで燃料を食われてしまう。

そのディーゼルの話についていうならば、大和は設計段階でディーゼルの搭載案を引っ込めている (不調が多いという理由で)。将来の技術開発ためにディーゼル主機を搭載して… というなら、補助艦か実験艦でするのが普通で、決戦のための切り札をテストベッド代わりに使うなんてことはあり得ない。

ましてや、通商破壊戦云々なんていうのは議論にもならない。そもそも帝国海軍には、通商破壊戦で敵の首根っこを締め上げるという考えが希薄だったのだから。仮装巡洋艦や軽空母で通商破壊戦をやった事例はあるものの、本腰を入れて大量のリソースをつぎ込んだわけでも、開戦から敗戦まで継続的にやっていたわけでもない。ついでに書けば、輸送船と軍艦がいると、つい軍艦の方に向かいたがるのが帝国海軍。

でもって、ドイツ海軍のディーゼル推進艦 (ということは、いわゆるポケット戦艦である) を引き合いに出しているけれども、これもどうかと思う。アドミラル・グラーフ・シュペーは大戦が始まった直後、最初の航海で自沈しているし、ドイッチュラント改めリュッツォーは通商破壊戦らしいことをしていない (バレンツ海海戦は禁句 :-)。

もっとも活躍したアドミラル・シェーアにしても、1940-1941 年にかけて大西洋とインド洋をまたにかけて通商破壊戦を行った後は、ノルウェーのフィヨルドに引きこもっていた期間が多くを占める。PQ17 船団の時みたいに希に出動したものの、1940-1941 年にかけての活躍ぶりとは比べものにならない。あれ ?

つまり、第二次大戦中にポケット戦艦が本格的に通商破壊戦を行ったのは、シュペーの最初で最後の航海、それとシェーアの 1940-1941 年にかけての航海ぐらいのもの。というわけで、「旧式化せずに通商破壊戦で活躍した事例」としてドイツのポケット戦艦を引き合いに出すのは、ちと無理がある。シェーアのテオドール・クランケ艦長が書いた「ポケット戦艦」は、確かに面白い本だけれど。

では、米海軍の戦艦のように空母機動部隊の直衛艦として使うのはどうか ? 速力の話はともかく、そもそも 1942-1944 年にかけて日米の空母決戦がどれだけあっただろう。ミッドウェイの後はソロモン方面で二度だけ。その後は 1944 年のマリアナまで、まともな空母同士の決戦なんてなかったのでは ?
南太平洋海戦で日本の空母搭載機が大打撃を受けて、その後は再建中、しかもその途中に何度も陸揚げして戦力をすりつぶしていたのだから、そもそも空母同士の決戦がロクにない。ないものに出ろといわれても。

ミッドウェイの頃は「戦艦が主役」という思想だったから、戦艦を空母の直衛や前衛につける考えが出てこなかったのは無理もない。それに、直衛艦につけたところで、VT 信管もボフォース 40mm 機関砲もなかった帝国海軍に、米海軍の戦艦と同等の防空能力を期待するのはどうかと。(←この点を突いて旧式化というなら、まだ分からんでもない。だが、これは大和・武蔵に限らず、金剛級巡洋戦艦でも同じこと)

上陸作戦時の対地攻撃にしても、大戦後半にこっちから上陸作戦を仕掛ける機会はなかったのだから、引き合いに出す意味がない。太平洋上の島嶼で発生した米軍の上陸作戦に対していちいち応戦に出ようとすると、先に書いた「決戦の切り札」の話と「燃料」の話が邪魔をする。

あと、ミッドウェイで敵の存在らしきものを知りながら機動部隊に知らせなかった理由 ? それは確か「無線封止中だったから」では。これは大和の設計とも、新式・旧式とも関係のない問題。存在を秘匿するのに無線の発信を止めるのは、よくある話。

そして、いちばん首をかしげてしまったのがこれ。

戦艦大和の性能に問題が無ければ、当時の海軍の作戦に問題があったという結論が考えられますが
(中略)
それに比べればアメリカの戦艦は、空母の護衛から艦砲射撃から上陸参戦支援から敵との艦隊戦にいたるまで最新鋭戦艦をフルに使っている。つまり日本帝国海軍にとっては戦艦大和は宝の持ち腐れであり運用に問題があったのだ。スーパーコンピューターにしても作っても宝の持ち腐れになる事は無いのだろうか? 作るにしても設計を間違えれば戦艦大和になってしまう
(JSF 氏の話し方には、議論が冷静に展開する余地がほとんどない。 より)

「性能に問題がないのなら、運用に問題があったのだ」と書いた途端に「設計を間違えれば戦艦大和になってしまう」って… 運用と、設計/性能と、いったいどっちに問題があると仰りたいのだろうか。


早い話がこの件、「スーパーコンピュータは役に立たない」と主張する過程で引き合いに出したものが間違っていた、というか、引き合いに出すやり方が間違っていたということ。「造ったのに出番が少なかった」だけにとどめておけばよかったのに。

そこから先まで言及した割には、設計とか運用とかいうところで話が止まっていて、背後にある思想やシステム、お家の事情、戦史の経過にまで目が行かないまま「造ったけど役に立たなかった悪しき実例」として引き合いに出すから、グダグダになってしまった。というのが私の見方だけれど、どうだろう。

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