Opinion : 陰謀論を唱えることの意味 (2010/3/22)
 

先日、「911 陰謀論」の賛同者、といえばいいのだろうか。要するに「あれは陰謀であって、アルカイダのテロではない」と主張する内容のメールを頂戴した。そして、そのメールに書かれていた内容について仲間内でツッコミ合戦になって、たいへん盛り上がった。

そこで思ったのは、肝心なところがうまくぼやかされていて、それでいて「専門家」とか「馴染みのない言葉」の利用によって、相手を信じ込ませることができるように工夫されているなあ、ということ。そしてとどめに、「マスコミの情報を鵜呑みにしている」「思考停止している」といって、「自分は真実を知っている」という心理に持ち込むための心理的攪乱を仕掛けている。


たとえば、「ジェット燃料の燃焼温度 (880 度) で鋼材の強度が劣化することはない」と主張していた。それを補強するためだと思われるが、「私は国立大の理系だから分かる」「私の父は WTC で使われている鋼材を納入した会社に勤めていた」と書いてあった。

「国立大の理系」と書いて権威付けをすることで、相手に納得させようと工夫している (「私大の理系」じゃいけないのか ?) のかもしれない。でも、国立大の理系といってもいろいろな分野があるわけで、鋼材の強度計算には関係がなさそうな学科はたくさんある。「会社に勤めていた」にしたって、「その会社で、当該鋼材の製造に関わっていた」とは一言も書いていない。

ついでに書くならば、首都高速 5 号線の熊野町事故では石油火災で鋼製の橋桁がグニャグニャになっている。あれも実は石油火災ではなくて、テルミット (笑) とか純粋水爆 (笑) の仕業だったんだろうか ? 軍艦が戦闘で被害を受けて火災を起こした事例についてはどうなんだろう ?

「落下するエンジンについては、航空エンジニアは一見してホイットニーのエンジンだと断言している。激突したボーイングには採用されていない」なんて主張もあった。でも、いまどきのハイバイパス ターボファンの外見なんていうのはみんな似ていて、遠方からの不鮮明な映像で P&W と GE と RR の区別がつくとは思えない。間近で見れば、外見に細かい違いはあるにしても。

ついでに書くならば、ボーイングの旅客機で P&W のエンジンを採用していない機種は極めて限られている。B.737 が -300 以降で CFM56 専用、B.747-8 が GEnx 専用、B.787 が GEnx と Trent 1000 専用で、ジェット化以降では、これらだけが P&W と無縁な機体。あれ、後の 2 機種はまだ開発中だし、911 のときには影も形もなかったよ ? そんなことも知らない「航空エンジニア」なら考え物だ。

ちなみに、B.757 は RB211 (RR) でローンチしたものの、後で P&W の PW2000 シリーズを搭載できるようになっているし、B.767 は CF6 (GE)・PW4000 (P&W)・RB211 (RR) の三択。B.777 は GE90 (GE)・PW4000 (P&W)・Trent (RR) の三択。B.747 については P&W の JT9D でスタートしているのだからいわずもがな。

さらに「テルミット」とか「真空爆発」とか、(当該メールにはなかったけれども)「純粋水爆」とかいう、一般には馴染みがないけれどもなんか凄そう、という類の単語を並べることで、説得力を持たせようと工夫している。

でも、なんだかこういう書きっぷりを見ていると、「消防署の方から来ました」といって消火器を売りつけに来るのと似たものを感じる。


911 陰謀論者というのは後を絶たないけれども、そもそもどうして陰謀のせいにしないといけないんだろう? どのみち、陰謀でなくたってアメリカが戦争すれば物言いをつけるんだから、わざわざ陰謀を主張する必然性は薄いように思える。

陰謀によって始められた対テロ戦争だから正当性がない、アメリカはいつも陰謀を使って戦争を始める、という話に持っていくのは、一見したところではもっともらしく見える。でも、そんなことをしなくても「人命は何物にも代え難い。だから、たくさんの人命が失われる戦争には反対」と主張すれば済む話ではないのか。むしろ、そっちの方が説得力がある。

となると、戦争に反対するための陰謀論というよりは、陰謀論を主張すること自体に目的があると見る方が自然。また、そういう陰謀論に飛びつくことで「自分は騙されていない」「自分は目が覚めている」と思いたい、といった類の需要にも応えられる。

とどのつまり、ここにも、需要があれば供給する者がいるという関係、というか一種のビジネスが成立するのだなあ、と再確認した次第。

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