Opinion : 出来の悪い複合商品みたいな陰謀論 (2010/5/24)
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若い読者の方には初耳かもしれないけれど、その昔、「ラテカセ」という複合商品が存在した。その名の通り、「ラジオ」「テレビ」「カセットテープレコーダー」をひとつの匡体に詰め込んだ複合商品。(→ ラテカセ - Wikipedia)
「ラジオ + テレビ」とか「ラジオ + カセットテープレコーダー」ならともかく、3 つの機能をひとまとめにしてしまったのだから、当然ながらガタイは大きくなる。液晶テレビなんて影も形もない時代のこと、もちろんブラウン管型テレビなのである。今だったら、同等の機能が携帯電話の中に収まってしまうことを考えると、技術の進歩って凄いと思う。
確か、乾電池で駆動可能なラテカセもあったような気がするけれど、たとえ単一乾電池を使用したとしても、どれだけ長持ちしたことか。全部の機能がひとまとまりになっているという点では確かに便利だけれども、へたをすると、そのすべての機能が中途半端になりかねないのが、複合商品作りの難しいところ。実際、私が初めて見たラテカセは巨大な匡体の持ち主で、力士が宣伝していたから広告では小さく見えた (笑)
唐突に何の話だといわれそうだけれど。実は、さまざまなネタを無理やりくっつけてひとつの陰謀論に仕立て上げた陰謀論の事例を目にして、風呂に入っているときに唐突に「これって、ラテカセみたいだなあ」と思い、いきなりラテカセの話を書いてしまった次第。
それが、例の「韓国海軍の天安は、実は米海軍の SSN と同士撃ちして沈没した !」という陰謀論のこと。さらに、この事件については「北朝鮮がやったなんて嘘っぱちだ」とか「普天間代替基地の件が問題になっている昨今、アジアの危機を演出するのに都合の良すぎるタイミングだ」とかいって食らいついている人がいる。
すると、天安事件についてのありがちな反応としては、「戦争好きのアメリカ合衆国が、北朝鮮に戦争を仕掛ける名目を作るために仕組んだ陰謀である」という話になる。でも、韓国海軍の艦が沈没したというだけならともかく、そこで米海軍の SSN を絡めると、いっぺんに話がおかしくなる。なぜか。
まず、「北朝鮮を攻撃するきっかけとして、北朝鮮が韓国の軍艦を沈めたことにしたのだ」というだけなら、一部の人が主張しているように、"北朝鮮の魚雷と称する証拠品を捏造する" だけで事足りる。「普天間代替基地を沖縄に置く必要性を印象づけるための、危機の演出」説にしてもしかり。「北朝鮮が韓国の軍艦を沈めた」という話だけあれば十分なのである。
「いやしかし、それでは韓国国内は納得させられても、アメリカ国民が納得しない。アメリカも犠牲を出したことにしないと、アメリカの世論を盛り上げられない」と反論する人が出そうだ。でも、それなら「未帰還の SSN がいる → 北朝鮮の仕業だ」とする方が自然。そこで「米海軍の SSN が、韓国海軍の艦艇と同士撃ちした」という話をくっつけたら、アメリカ国民に対して対北開戦の動機付けになるだろうか ?
ついでに書くと、この件をきっかけにして「北朝鮮を軍事的手段によって討伐すべし」という話を煽るのであれば、Robert M.Gates 米国防長官が「統合参謀本部議長、太平洋軍司令官、在韓米軍司令官がそれぞれ、韓国側のカウンターパートと話をしたが、軍は現在の即応体制を変えていない」なんて発言をするのは矛盾もいいところ。
しかも、それと一連の発言の中で「これは韓国に対する攻撃だから、韓国が対応を決めるべき」とゲタを預けてしまっている。自ら陰謀を仕掛けておいて、韓国にゲタを預けるのは、戦争に向けて世論を煽るための態度としては矛盾があると思うのだけれど。常識的に考えて。
では、そういう類の陰謀ではなくて、偶発的な衝突事故だがモノが原潜となると危険だから隠蔽している、という説はどうか。現実問題、全長 100m 以上もあるデカブツが水深・数十メートル足らずのところに沈んで、ホイホイと隠蔽できると思っている方がどうかしている。おまけに、未帰還とされている SSN が実はちゃんと帰港していた、というオチがあるのだから吹き出してしまう。
この手の話では「口封じのために乗組員を云々」とかいうことを主張する人が出るのはお約束だけれど、乗組員だけでなく、その親類縁者や有人まで含めて口封じしないと情報漏れは防げそうにないし、そうなったら対象人数は 100 名どころか何百名、ヘタしたら桁がひとつ増える。そんな大それたことを隠密裏にできるような国で、どうしてスッパ抜き記事や内部告発が続発するのかと (大笑)
しかも、米海軍だけでなく韓国側でも口封じしないといけないし、わざわざ残骸を引き揚げたら藪蛇になってしまいかねない (巨大な SSN がぶつかったときの被害と水中爆発による被害が、同じような破断面を示すことはないだろうから)。だから、残骸の引き揚げを行わないように仕向けないと筋が通らない。ところが実際には、残骸の引き揚げどころか、第三国の調査担当者まで受け入れているのだけれど。
さらに強弁して「帰港した SSN は、途中で隠密裏に修理していたのだ」なんて珍説があるけれども、そんな簡単に損傷を直せるとは思えない。しかも米海軍の SSN は単殼構造だ (いや、複殼構造だって似たようなものだ)。海底に衝突して艦首を激しく損傷した某 SSN は結局、退役した同型艦の艦首を付け替えて修理しているぐらいだ。それをどうやって、偵察衛星にも見つからずに隠密裏に修理しろと ? 少なくとも浮ドックを持って行かないと修理は不可能ですぞ ?
なんていっていたら、さらにハイブリッド化して「米海軍の SSN が天安を偶発的に雷撃した」なんていう珍説も出てきている模様。つまりなんですか、偶発的に Mk.48 の実弾が発射管に装填済みで、そこに偶発的に解析値をセットして、偶発的に磁気信管による艦艇起爆にセットされていて、偶発的に魚雷を撃って、当たってしまったと。どれだけ偶然を積み重ねればそれが実現できるのかと、盛大に問い詰めてみたい。
とどのつまり、「韓国の軍艦が沈没したが、表向きに出ている話と違い、実は北朝鮮の仕業ではなくてアメリカが仕組んだ陰謀だ」という話と「帰港してきていない SSN があるらしいぞ」「現場海域で不審な挙動に見えるものがあるぞ」という話を強引にくっつけて複合商品化すると、こういう出来の悪い陰謀論ができるのだなあという話になる。
その結果、「個別に見るだけならキャッチーな (はずの) ネタを一体化して詰め込んでみたら、結果として中途半端な内容になってしまった」というところが、まことに「出来の悪い複合商品」を感じさせるものに仕上がっていて笑える。もっとも、冒頭で引き合いに出したラテカセは (いろいろと不便なところはあったにしても) 大ヒット商品になったことがあるのだから、比較の対象にするのは失礼な話かもしれない。
それだけでもお腹一杯なのに、さらに「普天間代替基地問題の件がある折から、タイミングが良すぎる」といってこのネタに食らいつく人がいるのだから、笑えるってレベルじゃない。そんなこじつけは、携帯電話と大画面プラズマテレビと蓄音機を一体化した複合商品みたいなもんじゃないか、と突っ込んでみたい :-)
結局のところ、いつもの「現実逃避」に加えて「なんでもアメリカが悪い」「真実は隠されている」というフィルターをかけて物事を見るのが陰謀論ビジネスの典型だから、それが盛大に裏目に出たということなのだろうなあと。もう、公式発表の内容がどれだけ真実に近いか、とかいう議論とは異なる次元に飛んで行ってしまっている。
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