Opinion : 確固たる証拠抜きで否定されても (2010/6/14)
 

天安撃沈事件をめぐって、「米韓両国政府の公式発表はウソだ」と主張する人が見受けられる。個人的に何を信じるのも主張するのも自由だけれど、それでもって第三者を納得させようというのであれば、話は別。誰が見ても納得できる形で議論を展開しないと話にならない。

ところが現実にはどうかというと、「米韓両国政府の公式発表はウソだ」という理由が、どこかの陰謀論の総合商社みたいな人が吹聴する「米海軍の原潜がぶつけた説」とか、あるいはせいぜい「中国が対北制裁に乗り気でない」とか「ロシアの専門家が疑義を呈している」とかいう程度の論拠だったりするのが笑いどころ。あるいは、何の反証も出さずに「ウソだ」と書くだけとか。

結局のところ、「公式発表の内容が気に入らない」とか「公式発表のウソを見抜ける俺様ってえらい」とか「権力に逆らう俺様ってステキ !」とか、あるいは著名人・ネット有名人に喧嘩を売ることで自分が成り上がりたいと思っているとか、その程度のレベルなんじゃないの、といわれても致し方ないように思える。


もちろん、国でも企業でもその他の団体でも個人でも、公式発表が常に正確で、真実ばかり述べているとは限らない。何かの案件をめぐって対立している双方の当事者が出したプレスリリース、あるいは記者会見の内容を見ていると、それだけ聞いている分にはどちら側の言い分も正しく見える、というのはよくある話。

というか、そういう文章を書くのも、プレスリリース作成担当者の腕のうちである。

個人的には、国の公式発表がデタラメだったという経験があるだけに、この手の話になると口を出したくなる。いうまでもなくストックオプション税務訴訟の話で、当初、国税は「一時所得で申告しろなどと指導したことはない」と大嘘をついた。

ただし、こちら側は単に「ウソだ」と主張しただけではない。多数の納税者がこの件を裁判所に持ち込み、あれこれとエビデンスを持ち出したからこそ、当初の公式発表がウソだということが認められた。それ故に、過少申告加算税と延滞税の賦課については取り消しを命じる判決が出ている。

「最初から給与所得で申告するように指導していた」という話が本当でなければ、過少申告加算税や延滞税を賦課する理由がない。それを取り消すよう命じる判決が出たのは、「最初から給与所得で申告するように指導していた」という話がウソだった、と司法当局が認めたから。それには、裁判官を納得させるだけの証拠物件が要る。口で「ウソだ」と主張するだけで判決がひっくり返るわけではない。

この件に限らず、「○○はウソだ」「○○は間違いだ」と主張して、それでもって第三者を納得して味方につけたいのであれば、誰が見ても納得できるような証拠物件を持ち出さないと。米韓両国が天安撃沈事件の調査にスウェーデンの関係者を加えたのも、そうしないと第三者に対する説得力が落ちる、という考えがあったからではないかと思われるが、どうだろうか。

念のために繰り返すと、「疑義を呈するのも、信用しないのも自由」「でも、それを他人に提示して納得してもらいたいのなら、説得力がある客観的な証拠物件を持ってこようね」という話。

疑義を呈するだけでウソだと断言できるなら、世の中、たいていのことはウソにできる、という話になってしまう。さらに付け加えるならば、「疑義を呈している」という主張に「疑義を呈して」否定する、あるいは「ウソだという主張はウソだと主張する」ことだってできてしまうわけで、以下無限ループ (あほくせー)。


だいたい、「アメリカがこの件を名目にして、北朝鮮に戦争を仕掛けて滅ぼそうとしている」という話自体、妄言としか思えない。こんなことを書くと北朝鮮の人民にとっては不幸極まりない話だけれども、あの国が消滅しても関係諸国がみんなして苦労を増やすだけなので、「なくなっては困るが、暴れられても困る」というのが本音だろうと思われる。

現に、アメリカでは国防長官が即応体制強化や軍事行動を否定する発言をしている。一方で喧嘩を売っておいて、一方で喧嘩はしないと発言するのは矛盾の極み。さらにいうならば、米軍の予備役動員はここ 1 ヶ月ほど減り続けている。2003 年にイラクで戦争を始めたときの急増ぶりとは正反対。「嘉手納に F-22 が来たから対北開戦用意」とは早とちりに過ぎる。

「イラクの米軍を撤収しているから、それを朝鮮半島に振り向けるのでは」と主張している人もいるけれど、イラクから引き上げた装備は本国のデポ送りか、あるいはアフガニスタン送りである。アフガニスタン派遣部隊の規模がイラク派遣部隊を上回るところまで来ているのに、さらに別のところで花火を上げた日には、人的資源も装備も資金も、そして輸送力もパンクする。まして、この景気の悪い御時世に。

だいたい、「他国に戦争を仕掛ける名目を作るために、自国 (または同盟国) の人間を犠牲にする陰謀を仕掛ける」なんていうのは、トム・クランシーの「レッド・ストーム作戦発動」の読み過ぎである。

もしも、自分が気に入らない誰かさんの発言、あるいは公式発表を否定して人気者になりたいのであれば、せめて、イラクのサハフ元情報相みたいな "お笑いのセンス" を身につけてからにする方が良いと思う。単にカッカして「ウソだウソだ」と連呼するだけではねぇ。

ついでに書くならば、こと軍事関連についていうと、軍やメーカーのプレスリリースの "裏読み" ぐらいできなくてどうするの (笑)

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