Opinion : 語録・思想の一人歩き (2010/10/4)
 

佐藤正明氏の「ホンダ神話 II」で、藤沢武夫氏の「経営者の語録というのは発言した時代背景と、その企業が置かれていた立場が分かっていなければ、本当の意味を理解できない。断片的な語録集を作れば言葉だけが独り歩きしてしまう」という発言が紹介されている。

もっとも、こうやって発言を紹介すること自体、「断片的な語録集を作れば…」に該当して無限ループになりそうではあるけれど、それを言い出すと話が進まないので、とりあえず措いておくとして。

いわゆる語録だけでなく、企業やその他の組織で行われているユニークな行事や習慣の類も、同じかも知れない。「ホンダ神話」「ホンダ神話 II」で取り上げられたホンダには、かつて「ワイガヤ」という風習があったそうだけれど、これなんか典型例。
ワイガヤが生まれた背景事情から何から咀嚼して真似するならまだしも、単に表面的なところだけ真似しても効果は上がらないように思える。他の習慣にしてもしかり。

語録といえば、イラン大統領がこれまでに行ってきた発言・演説の数々については、そろそろコレクションしておいて、イランが発表してきたあまたの「新兵器」ともども、殿堂を造っておくと面白いと思う。welovetheiraqiinformationminister.com ならぬ、weloveiranianpresidentandweapons.com とかなんとか。閑話休題。


背景事情まで理解した上で取り入れないと、というのは、何も語録や習慣に限った話ではなくて、機械・システムなどの設計思想でも同じ。こういう世界だと、何か新しいテクノロジーやメソッドが出現したせいで、それまで「正しい」とされてきたことが「間違い」に転げ落ちたり、反対に「間違い」とされてきたことが「正解」になってしまったり、ということが往々にして起きる。

あと、「○○を実現するには、△△という技術が要る」という話もそうで、状況の変化により、「△△という技術」がお払い箱になってしまい、別の技術が必須科目になるとかなんとか。

それは仕方のないことだけれど、問題は、たとえば何かの設計思想があって、それが背景事情抜きで金科玉条のごとくに崇め奉られて、不可侵の存在になってしまうこと。そうやって、古くなった設計思想を固守し続けることになると、時代の変化に取り残されてしまう。

1940 年代に、戦闘機の空中戦で「格闘戦よりも一撃離脱、軽戦よりも重戦」というトレンドができたけれども、そういう変化が生じたのには相応の背景事情があるわけで。そのことを無視して、やり方を変えずに戦い続けて、新型戦闘機には無理扁に無理を書いたような要求を突きつけて、なんてことをやっていると、空の護りが怪しくなってしまう。

先日、TV 番組に出てしゃべった高速鉄道の話にも、似たような事例がある。VVVF インバータと三相誘導電動機の組み合わせが主流になった後で、それまでいわれていたこととは一転して、動力分散方式の方が有利になった。最後まで動力集中方式で頑張って (?) いたフランスも、ついに動力分散式の AGV に宗旨替えしてしまった。

多分、コンピュータやネットワーク、ユーザー インターフェイスの設計、あるいはその他の種々の分野で、似たような話はいろいろありそう。企業や軍隊の組織作りなんていうのも似たところがある。ある時点で正しかった組織構成が、状況の変化で不適切になった、なんて類の話は少なくない。

そういう意味では、ロンドン軍縮会議で大モメする原因を作った帝国海軍の「七割」の話にも、同じ話が適用できそう。もちろん、当初は然るべきソロバンをはじいて「七割あれば対抗可能」といいだしたのだろうけれど、そのうち「七割」という数字ばかりが独り歩きしてしまった傾向、なかったと断言できますかどうか。

なんにしても問題なのは、「こういう事情があって、それを解決するにはこういう方向性が必要だから、結果としてこういう設計思想になった、あるいは技術が用いられることになった」という話を抜きにして、「こういう設計思想、あるいは技術でなければ正しくない」となってしまうこと。

さらにそれがエスカレートして、「神聖なる設計思想に異論を唱えたり、批判したりするなんてとんでもない。他の異教徒の設計思想は受け付けない」といったノリで宗教化するのは、もう最悪。

そういう意味では、「憲法九条を守る」なんていうのは、本来護るべきものが何かを見失って御神体を護ることにばかり注意がいってしまい、何がなんだか分からなくなっている典型例といえるかも。


つらつらと書いてみて気付いたけれど、「背景事情を考えずに表面的な変化だけを取り入れる」パターンと、「背景事情を考えずに表面的な形だけを固守する」パターンの二種類に分類できそう。方向性は真逆だけれど、形だけ見ているという点では共通する。どちらにしても、自分が同じ轍を踏まないように気をつけないと。

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