Opinion : 埋蔵ほげほげ依存症 (2011/8/1)
 

「埋蔵金」「埋蔵電力」あたりから、なんでも手当たり次第に「ないモノは、実は埋蔵されている」という風潮が出てきたような。

そんなことをいうならば、「埋蔵仕事」とか「埋蔵ギャラ」とかいうのも欲しい。と思ってしまうのはフリーランスの性。
もう少しおちゃらけると、渋滞を解消する「高速道路の埋蔵車線」とか、お盆休みの指定席券確保を容易にする「埋蔵指定席」とか、PC の RAM 不足を解消してくれる「埋蔵 RAM」とか、リビアで使う精密誘導兵器が足りなくなったときに湧いて出てくる「埋蔵誘導爆弾」とかいったものも欲しい。

なんて調子で続けていくと、ただの大喜利モドキになってしまうので、真面目な話に戻して。

そもそも、現実問題としてどうなんだろう。カネでもモノでも、事前にこしらえて埋蔵しておくには元手が要るわけで、その元手が闇から闇に動いて、誰も知らないところで埋蔵されていた。なんていう都合のいい話、そうそうあるモンじゃないと思うのだけれど。


では、どうして「困ったときの、埋蔵ほげほげ頼み」みたいなことになってしまうのか。それで最初に考えた仮説は、「埋蔵ほげほげは、人間にとって尽きないロマンである」というもの。

子供の頃、「海賊の隠し財宝探し」みたいなテーマの子供向け小説、あるいは童話の類を読んだ経験がある人は少なくないだろうけれど、そういう刷り込み効果から、「誰も知らない隠れたお宝を掘り出してくる」という行為に大いなるロマンを感じているのかなぁ、と。

ひょっとすると、「山下財宝」とか「M 資金」とかいうネタにひっかかる人が後を絶たない背景にも、こういう話に惹かれやすい心理があるのかも知れない、なんてところまでエスカレートしたけれど、さすがにこれは行き過ぎというものなので、回れ右。

もうひとつの仮説は、「自分はリスクを負わずに済ませたい、でも成果だけは欲しい」という理由ではないかというもの。自分が何かを生み出そうとすれば、程度の差はあれ、なにがしかのリスクや負担を伴うもの。でも、埋蔵されているとか、あるいは他のどこかから引っ張ってくるとかいうことにすれば、リスクも負担も要らない。

しかも、前述した「ロマン」の話とも絡んで、「誰も知らないところからお宝を見つけ出してきて、それで問題を解決できるなんて格好いい、ステキ !」という余録も付いてくる (かもしれない)。

あるいは、「"みんなは知らない真実を、自分は知っているんだもんね" 的な優越感」というのもあるのかもしれない。しかしこれって、陰謀論にひっかかる心理に似てはいないか。


と、ここまで書いたところで「なんか似たような話があったよなあ」と思ったら、思い出した。商品やサービスの値上げに反対するときに「企業努力でなんとかしろ」と主張する人、あるいは出費を減らすのに「無駄を減らせ」ばかりを連呼する人。

もちろん、努力、あるいは無駄の削減も重要だけれども、それとて物理的な限度はある。そこまで弁えた上で「企業努力」「無駄の削減」をいう人ばかりでもあるまい。つまりは、自分に負担が降りかかってくるのは勘弁してもらいたいけれども、成果だけは享受したいということの方便として「企業努力」や「無駄の削減」を持ち出している人だっているんじゃないの。という話。

もっとも、限度はあるといっても、その限度を見極めるための閾値が定まっていない、あるいは分かりにくい、ということが多いのだろうけれど。

なんにしても、他人に負担を押しつけようとばかりしていると、いずれは自分のところにツケが回ってきて、利息を付けて支払わされる羽目になるんじゃないだろうか。そうなれば結局のところ、そういう調子のいい発言ばかりしている本人が、自分で自分の信用・信頼を毀損する結果になるんじゃないかなあと。

だいたい、誰かが Twitter で書いていたけれども、「隠されているはずだから出せ」とか「努力でなんとかしろ」とかいうのって、太平洋戦争中の「足らぬ足らぬは工夫が足らぬ」あるいは「金属供出」なんかと、何が違うんだろう。根本原因の部分を無視して、表層的な小細工や精神論で乗り切ろうとするところは、一緒。

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