Opinion : 脅威・リスクとの向き合い方に関する徒然 (2011/8/8)
 

目下、日本の防衛費は微減傾向が続いているので聞かれない論法だけれども、防衛費を増やせと主張すると間違いなく出てくるであろう批判が「防衛費の増額を正当化するために、○○の脅威を煽っている」という類の論法。もっとも、一方では「○○が脅威だから日本も対抗して△△を持つべき」とかいう主張が出てくるのとワンセットなので、両方を取り上げなければ不公平かも知れないけれど。

といったところでよくよく考えてみると、なにもこの手の「脅威認定」の話って、防衛費に限った話ではないよね。と。


この手の話を煎じ詰めると、「脅威に対する向き合い方」「リスクに対する向き合い方」という話になるのだと思う。そして、脅威やリスクに対してどのような対処を求めるのかで、その人のモノの考え方、あるいは見識といった要素が透けて見えてくるのではないかと。

脅威にしろリスクにしろ、対処方法はいろいろ考えられる。冒頭で書いた「○○に対抗して△△」という類のものもそうだし、「とにかく脅威要因・リスク要因を遠ざけておけば安心」と考える人もいる。

陸前高田の木を送り火で燃やそうとしたら「放射性物質が心配」といって反対する人が出たとか、あるいは農産物などに関わる風評被害の類は、後者の「とにかく脅威要因・リスク要因を遠ざけておけば安心」が具体的な行動となって現れたもの。何も現在に限った話ではなくて、広島・長崎の原爆投下後にも似たような話があったような。

実のところ、レベルの高低を抜きにして「放射性物質が検出されたから」といって遠ざけようとするのはヒステリー以外の何物でもないと思うけれども、明確な閾値の有無、あるいは影響が生じるまでに時間がかかるといったあたりの話を論拠 (?) にして、「とにかく脅威要因・リスク要因を遠ざけておけば安心」を正当化するのだから困ったもの。

実のところ、これは「○○に対抗して△△」のバリエーションでもある。「△△」の部分が「遠ざけておけば」になるわけで。その「○○に対抗して△△」の典型例が「近隣国の空母に対抗して日本も空母を持つべき」という主張。最近、この手の話がまた頻繁に出てくるけれども、なんか歴史は繰り返してるよなあと思ったら、かつてソ聯が健在だった時代にもありましたな。

もっとも、ソ聯海軍の「空母」は V/STOL 空母だったから、中国の (多分) STOBAR 空母と一緒くたにしてはいけないけれども、それにしても空母というものが存在するだけで騒ぐんじゃないよ、というところは共通している。

搭載機の数や能力、そしてそれらを使いこなすノウハウの有無、護衛の艦艇まで付けてひとつの戦闘群として機能させるノウハウと実績。そういうものまでひっくるめて脅威度を判断しなければならないのに、「空母が存在する」というだけで騒いでどうするのかと。固定翼機を発艦させられる "flat top" が存在するというだけで脅威要因になるというなら、タイ海軍のアレはなんなんだと (をひ)

それに、脅威度が高いと判断した場合でも、必ずしも相手と同じモノを持つのが正解とは限らない。「相手と同じモノを持っていないと対抗できません」も「放射性物質が検出されたので、とにかく遠ざけておけば安心」も、脅威評価、あるいは脅威への対策に関する評価が足りなくて、脊髄反射的なところは似ている。

それに、対策を講じるにしても物理的要因・技術的要因・財政的要因などの制約があるわけで、それを無視することはできない。身近なところでも、そういう問題はいろいろある。

たとえば、自宅に泥棒が入らないように対策を講じる方法について考えてみればいい。誰もが、Osama bin Laden みたいに厳重に警備した豪邸を建てて内部に引きこもるわけにはいかないので、たいていの人は「できる範囲で」「リーズナブルと考えられる」対策を講じているもの。

もっとも、中には「うちには泥棒なんて入るはずがない」という根拠なき安心感に寄りかかる人も、いるかもしれない。と思ったのは、PC がらみのセキュリティ対策で、往々にして似たような反応を示す人がいるから。

なのに、途端に対応が変わってしまって「100% の安心 (決して "安全" であるとは限らない)」を求めたり、ヒステリックな対応、ひいては差別的対応に走ってしまうこともある。福島第一原発をめぐる一件が典型例で。


なんでまた、そんなことになってしまうんだろうと思った。
自分で労力を費やしたり、自腹を切って対策を講じたりしなければならない場面で、なおかつ自分で理解できる種類の脅威やリスクであれば、それなりに対応できる人が多いと思われる。

ところが、自分に理解できる領域を超えている話、あるいは他人がおカネを出す話になると、途端に対応が変わってしまうんじゃないかと。ひょっとすると、身近でないところ、自分が対策を講じるわけではないところ、あるいは馴染みのない問題が関わっているところになると、急に対応の仕方が分からなくなって、その結果として極端な路線に走るのかも知れない。自分が個人的に関わっている領域だと、「サイバー攻撃の脅威」なんていうのもそう。

このあたりはなんだか、先週に書いた話と通じる部分があるような。でも、そこでたとえば「国がなんとかしろ」といってしまえば、その原資は自分達が納付している税金なのだから、決して自腹を切っていないわけではないんだけれど (苦笑)

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