Opinion : 「○○時代に帰れ」の安直 (2011/11/28)
 

電力不足や節電の話に関連して「江戸時代に戻ればいい」といっている人が、いるとかいないとか。正直な話、「なにいってんの」と思った。しかも、そう思ったきっかけがテレビの時代劇だというので、ますます「なにいってんの」である。

時代劇でもトレンディドラマでも似たようなもんだけれど、対象となる世界の美味しいところだけつまみ出して構成しているのだから、マイナスの面はそうそう表に出てくるもんじゃない。そのことを無視して「時代劇を見ていたら、江戸時代に戻ればいいと思った」なんていうのはお笑い種もいいところ。

「いや、江戸時代の生活水準や生活様式や社会構造に戻すのではなくて、江戸時代の生き方・考え方に戻すべきという意味」という言い訳が返ってくるかもしれない。でも、そういう考え方が通用する場面と、通用しない場面があるんじゃないかと。


そういえば日曜日に、トヨタが水平対向・FR 駆動のスポーツカー「86」を発表したというニュースを見た。もちろん AE86 のことはよく知っているけれども、IT 業界の経験者としては「x86」、軍事系物書きとしては「AGM-86B」を連想して… いや、そんなことはどうでもよくて。

どこかで AE86 の存在を意識していたかもしれないにしても、そこで変に懐古趣味に走って、見てくれを AE86 に似せるような真似をしてくれなくてホッとした。「AE86 の再来」ばかり意識していたら後ろ向きもいいところで、「2011 年における、FR 軽量お手軽スポーツカーのあるべき姿」を突き詰めることこそが本筋だと思うから。

そういえば昔、報道陣なんかが勝手に (?) 「AE86 の再来」と煽った挙句に、いざ現物が出てみたら「期待していたのと違うじゃないか」といって叩かれたクルマがあったような… 両者に共通する記号は「FR」だけだったんだけれどねぇ。

鉄道車両でも似たような話はあるかなー、と思ったけれど、この業界の場合、「我が社の流儀」にはこだわっても、「過去の名車」にはあまりこだわらないことが多いと思える (たまに例外はあるけれど)。飛行機の世界もしかり。

それでも、クルマみたいに形がある商品の場合、昔の栄光、あるいは成功から「精神」あるいは「コンセプト」を継承することはできそう。でも、それって外見的なもの、あるいはパッと分かるような記号の部分を真似するよりも、実は難しい。大元の精神なりコンセプトなりをいったん咀嚼して消化した上で、今の時代に合わせて再構築しなければならないから。

で、冒頭の「江戸時代に戻る」発言がそこまで考えた上でのことなのかなあ、というのが問題。それに、仮に江戸時代の生き方・暮らし方・考え方を咀嚼して反映させることができたとしても、それで我々が今の世界を生き抜くことができるのだろうかと。憲法九条の話と同じで、「素晴らしい理想のためなら、犠牲になることを厭うな」では、誰もついてこない。

日本は日本だけで成り立っているわけではないし、国境から外に出れば 7 人どころではない競争相手がいるわけだし。そうした状況の中で、日本が単独で「江戸時代の精神」を掲げて、それでやっていけるのか、はなはだ疑問。それとも、江戸時代のやり方を取り入れて鎖国でもしろと ? それって自殺宣言も同然だと思うけど。


とどのつまり、冒頭のあれは「原発反対」→「原発なしでも電気は足りる、いや、足りることにしなければならない」→「江戸時代ならエネルギー消費も少なそうだし、のどかで良さそうじゃね ? (ピコーン)」というだけの話なんじゃないのかなあと。

美味しそうなところだけつまみ食いして、都合の悪いところには目をつぶって、それで「江戸時代に戻る」も何もないもんである。しかもソースが「時代劇」では、なにをかいわんや。

時の流れにバックギアは付いていないのだから、安易に「昔の時代に帰れ」なんていうのは問題外。御本人が江戸時代並みの暮らしを実践した上で「江戸時代に帰れ」と主張するのであればまだしも、そうではなさそうだし。

いまさら、文明の利器をかなぐり捨てて暮らすなんてことはできないのだから、どこなら改善できるか、どこは譲れないかを見極めた上で、なるべく広い範囲で受け入れられるような提案をしていくしかないのでは。

節電だってそうで、「止めても問題ないところ」「止めることによる不便を乗り越えられそうなところ」「止めることによる不便は短期的なら許容できるところ」「止められないところ」ぐらいに分けて、プライオリティをつけてやらないと。無理に無理を重ねた節電は、きっと持続できなくて破綻するから。

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