Opinion : 安全のコストと完全無欠の追求 (2012/1/23)
 

今回のお題は、土曜日に発生した王子駅近くの沿線火災。たまたま現場を見に行ったからというわけではなくて、(過去に書いたこととダブる部分もあるけど) 改めて思うところがあったから。

MSN 産経ニュースで「首都圏を貫く大規模な直通運転で利便性は向上したが、トラブル時の復旧が遅れるなど脆 (ぜい) 弱 (じゃく) な運行体制が浮き彫りとなった形だ」なんて書いていたけれども、そこで反問してみたい。

「じゃあ、トラブル発生時の抗堪性を高めるために利便性を犠牲にしてもいいですか ?」

と。もちろん、これは半ば揚げ足取りなのだけれど。
結局のところ、この件に限らず何事も、利便性があればリスク要因もついてくるもの。そこで両者を天秤にかけて、どちらを重視するかという話。


たとえば湘南新宿ラインについていえば、直通運転による利便性の向上を享受できる人が多いから、直通運転をやる。ただし、広域にまたがる直通運転はダイヤが乱れたときの抗堪性を下げるから、現実的な対処としては、直通の中止やこまめな折り返しの設定で、被害の波及を局限するしかないんじゃないかと。

逆に、直通させてもメリットが少ない場合には拠点ごとに系統を分断する。というのが、多くの地方幹線・亜幹線。何でもかんでも直通させればいいってものでもない。

複数の路線が同じ場所に集中しているからって、いまさら別々の場所に敷き直すわけにも行かないのだし。信号ケーブルにしても饋電線にしても、無しで済ませるわけにはいかないし、線路がそこにある以上、場所を変えるといっても限度がある。

首都圏全域が地震で大被害、あるいは東京大空襲なんてことになれば話は別だけれども、ピンポイントで不通区間が生じるのであれば、その不通区間ができるだけ短い方が被害の波及を抑えられる。さらに、今回の件で新幹線まで投入したように、代替手段を確保できれば、なおよい。

ただし、万が一のために投下できるコストやリソースは無限大ではないから、極端な話、すべての在来線に並行して新幹線を造るわけにはいかないし、全部の駅に折り返し用の渡り線を設置して信号を作り直すわけにもいかない。現実的に実現可能な範囲で手を打つしかない。

万が一に備えることは必要だけれども、だからといって無限のリソースを投入することができないのは、他の分野でも同じ。そこで完全無欠を求めると、ただの無理難題になってしまう。どんな強烈な地震が起きても耐えられる構造物を造れとか、どんな事故に遭っても乗っている人を守れる衝突安全ボディを作れとか、etc、etc。

現実的に見て実現可能な範囲で手を打って、後はマイナス要因の拡大を局限する手を打つのが現実的な対処。だからこそ、自動車事故であれば、万が一の事故 (起こす場合も起こされる場合も含めて) に備えて、自動車保険という仕組みがある。

そこで「自動車事故をゼロにしないと受け容れられない」「事故が起きても絶対安全でないと受け容れられない」というのは、現状無視のヒステリー。事故をゼロに近付ける、事故が起きたときの被害をできるだけ抑える、といった努力はもちろん必要だけれども、100% を実現しようとしても無理な相談なのだから。

国防の世界も似たところがありそう。ありとあらゆるものを完全に護って、外敵の侵入は一歩も許さず、とやれればいいけれども、実際には投入可能なりソースに限りがあるし、地勢や地理的な制約もあるから、優先順位をつけて、可能な範囲で対応するしかない。すべてを護ろうとすれば、どこも護れなくなってすべてを失いかねない。

そこでもしも「自国だけのリソースではどうにもなりません」ということになったときには、利害関係が近い国同士で手を組んで対応するしかない。と、それはともかく。

使えるリソースの範囲で優先順位をつけなければならないからこそ、米軍の新しい国防戦略では過去 10 年間の重点をガラッと組み替えて、陸軍や海兵隊は戦力削減、対反乱戦・不正規戦も優先度引き下げ、とやっている。現状では海軍・空軍に重点を置く必要性の方が高いから、相対的に重要度が下がる分野を切り下げるのは仕方ない。(ただし、完全に切り捨ててゼロにしてしまうと後で困るので、そこは程度問題)


万が一の可能性といえば。今回の火災の火元とされている電気ストーブ。

石油ストーブは、過去に地震や不注意などによる転倒で火災になる事故が起きたからということで、自動消火装置を付けてある。子供の頃、「ホンマかいな」と思って石油ストーブ (アラジンの対流型だった) にちょいと衝撃を与えてみたら、確かにちゃんと火が消えた。

とはいえ、どんな事態が起きても確実に火が消えるかどうかは分からない。場合によっては消しきれないかも知れない。それでも、現実的に受容可能なコストで大半の火災を阻止できる自動消火装置を付けられるのなら、それを良しとするのが現実的。ありとあらゆる火災を確実に阻止しろなんていったら、石油ストーブという商品が成り立たなくなる。

もしも今回の件がきっかけになって、「何が何でも火災にならない電気ストーブを造れ」とかいう人が出たらどうなるだろう、と、ちょっと心配になった。転倒したら自動的にスイッチが切れる、というぐらいなら大したコストはかからないだろうけれど、近くにある可燃物には絶対に引火しない電気ストーブを造れ、とかいうことになれば、話は別。多分、これは考えすぎで杞憂に終わるだろうけれど。

「完璧な安全」を求めすぎたせいで却って危険を呼び込んでしまったり、別のリスク要因やマイナス要因を作ってしまったりということは、案外といろいろな業界で起きているのかも。そこで「どこまで許容できるか」という閾値は、そのときどきの状況で違ってくるだろうけれど。

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