Opinion : エイプリルフール考 (2012/4/2)
 

毎年恒例・エイプリルフール。以前は本館でやっていたけれど、最近は blog でやることが多くなり、今年はさらに Twitter でもネタをいくつか投げてみた。

ただ、過去に大量に作ったエイプリルフールネタの中で「会心の出来」といえるものがいくつあったかというと、あまり自信はない。エイプリルフールに限ったことではないけれど、「面白いものを作ろう」「ウケてやろう」と気負い立つと、却って面白くないものしかできなくて煮詰まる。


たとえば替え歌だと、「替え歌にしたいテーマ」が何かあって、それにマッチングするような元歌が見つかるどうかが勝負。そして、元歌のエッセンスを活かしつつ、肝心要のポイントになる部分をうまいこと作り替えると傑作ができる。

そこで、元歌の歌詞が影をとどめないような改変になってしまうと、それはもはや替え歌ではない。単にメロディを借りただけ。

おっと、エイプリルフールの話だった。
エイプリルフールも、ただ単にウソをつけばいいのかというと、そんな単純なものではないと思う。本当のようでいて、かつ「それはいくらなんでも違うだろう」という話をさりげなく盛り込み、さらに「あー、やっぱり騙されちゃったよ。てへっ」と笑ってしまうような話を盛り込む。これは実に難しい。

だから、いわゆるエスニック ジョークみたいなのは許されるかも知れないけれど、単なる罵倒・こき下ろしになってしまうと面白くない。「誰か、気に入らない奴のことをエイプリルフールに乗じて貶してやろう」なんて考えると、この罠にはまりそう。

しかも毎年恒例のイベントだから、何か時事ネタ・流行りネタを盛り込む方が面白いのでは、というのが個人的な考え。そういうエイプリルフールを何年も蓄積していくと、後になってから見たときに (滅多にそういうことはしないものだけれど)、「ああ、あの頃ってこういうのが話題になってたよね」と思い返せることもあるかも。

それが上手いこと実現できると、エイプリルフールって「世相を映す鏡」にもなり得るかもしれない。いや、そこまで気張ってエイプリルフールをやっているわけではなくて、時事ネタ・流行りネタの方が作りやすいしウケやすいのでは、という方が大きいのだけれど。

誰もが、こんなことまでいちいち意識してエイプリルフールをやっているのかどうか知らない。ただ、毎年のように世に出てくる各種エイプリルフールの内容次第では、作り手の性格や品性や識見がモロに出てしまうなあ、と思わされるものもありそう。それがポジティブな評価につながるものならまだしも、罵倒・貶し系の色彩が強すぎて、どう見てもネガティブな評価にしかならないケースもあるだろうなと。

某所で見かけた「原発ジョーク」なんか典型例だけれど…
やってる当人は面白いと思っているのだろうけれど、傍から見ると単にジョークに名を借りた罵倒に過ぎない、なんてことがあるから難しい。


そういう具合に考えてみると、エイプリルフールでも一般的なジョークでも、文面に対してストレートに、あるいは間接的に作り手の性格を反映してしまう、実はおっそろしい存在なのかも知れない。

性格だけではなくて、「笑い」と「嗤い」の違いが分かっているか、使い分けができるか、なんていうのも影響しそう。これが本当なら、ちょっと大変だ。迂闊にエイプリルフールやジョークを投げた結果としてボロを出す、なんてこともありそうだから。

よくよく考えると、これはけっこう怖い話である。

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