Opinion : 過去の歴史や経験があって今がある (2012/4/23)
 

昨日、JAXA の施設一般公開を訪れた帰りに、同行した友人の提案で、三鷹市大沢の一角で保存されている水車を見学してきた。

といっても、ただ単に水車がグルグル回っているわけではなくて、その水車を使って駆動する精米などのメカ、関連する周辺機器 (?) であるところの石臼など、昔から使っていた米・麦・蕎麦などに関連するさまざまな器具が保存されている。


もちろん、いまどきの精緻な機械と比べればシンプルで、時代を感じさせるもの。とはいえ、当時に利用可能な頭脳と技術と素材を駆使して、当時としては最先端のメカを作り上げたのだろうな、という様子は伝わってくる。

その一例を挙げるならば、使っているうちに摩耗する部分だけ独立した部材になっていて (もちろん木製である)、そこだけ取り替えれば済む設計になっているのだった。これには唸らされた。

水車や精米器に限らずどんなメカでも、いきなりいまどきの最先端のモノを見るよりも、草創期のモノから順を追って進化・発展の過程を見る方が勉強になる。エンジンの運転や整備について学習するのであれば、電子制御満載のいまどきの製品から始めるよりも、昔の機械仕掛けの製品から始める方が良い、という話を何ヶ所かで聞いたこともある。

そういう考え方を敷衍するならば、現時点で完成されている、あるいは不満のない水準まで仕上げられたモノを「あたりまえの存在」と思ってはいけないのだろうな、という話になりそう。草創期に先人が知恵を絞り、工夫をして、トライ & エラーを繰り返しながら発展・熟成させてきた歴史があるから、今の状態があるのだと。

機械製品に限らず、電気関連でも電子機器でも、あるいはソフトウェアでも同じこと。たまたま自分は IT 業界との付き合いが長いから、Windows は全バージョン、MacOS の大半のバージョン、さらに OS/2 1.x だの 2.x だのといったところまで付き合いがあったけれども、そういう経験があるからこそ、いまどきの OS の姿に到達した過程も、そこで当事者が考えたことも、それなりに承知している (つもり)。

あるいは、社会の制度であるとか、そこで用いられている人、モノ、組織などといった分野もしかり。良かれと思って試したことが大外れということもあれば、駄目元でやってみたら大当たりということもあるだろうし、ときには瓢箪から駒ということもあるだろう。そういう経験の蓄積があって、そして今があるわけだから。

前に Twitter でボソッと書いたことがあったと記憶しているけれども、戦闘機だって同じ。現時点で「完成された安全パイ」と見なされている機体が、最初から何のトラブルもスケジュール遅延も予算超過もなく「完成された安全パイ」の域に達したわけではない。「完成された安全パイ」になった後で、その前の苦労や失敗がきれいさっぱり忘れ去られただけ。

たとえば F-X 候補機でいえば、F/A-18E/F はウィングドロップ現象で苦労して、GAO (Government Accountability Office) から散々叩かれたのだけれど、それを記憶している人は意外と少なくなってしまっているように感じられる。苦労の経験があるから、その経験を次に活かすことができるのは、戦闘機でもミサイルでもセンサーでもヒマラヤ登山でも同じ (なんのこっちゃ)。

ついでに書くならば、「航空自衛隊の戦闘機は常に、米空軍の最新戦闘機をライセンス生産するのが当然」という思いこみだって同様である。たまたま F-15J/DJ では結果的にそういうことになったけれども、その状況が何もないとこからいきなり湧いて出たわけではないだろうに、と指摘してみたい。


つまり、機械であれその他のハードウェアであれ、あるいはソフトウェアであれ組織や制度などといったものであれ、あっちに行ったり、こっちでぶつかったりと右往左往しながら、あるいは先人がさまざまな努力や工夫を積み重ねたりしながら、徐々に最適化した道に収斂してきている。そういう歴史の積み上げを無視していいのかと。

だから、先にも書いたように「今の恵まれた状態があって当然、最初からそういうモノだった」なんていうのは勘違いもいいところ。そして、最初から完成度が高いモノ、慣熟の域に達したモノを生み出すよう求めるのもまた、無理難題という話になる。

でも、特に年齢が若いと現在の状態しか知らなくて、「それが普通、あって当然の姿」と思ってしまい、新たに何かを生み出す場面、あるいは既存のものを改良しようとする場面で、「あって当然の水準」「あって当然の完璧」を要求してしまう、なんてケースは意外とあるんじゃないかなあと。

でも、しつこいけれども「それは無理難題」。温故知新という通りで、過去の経緯や歴史をあたって、思い返すプロセスもないと、将来に向かう道を踏み外してしまうことになりはしないだろうか。保存されている水車のメカニズムから、そこまで話が発展してしまった。

ついでに書くならば、そういう蓄積、積み重ねに乏しい状態でいきなり「最先端のモノを作り上げた」「完成品を作り上げた」と主張する向きが現れた場合、眉唾ではないかと疑ってみる方が無難かも知れないね〜 ということもいえる (かも知れない)。

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