Opinion : いわゆるマスコミ批判について考えてみた (2012/7/2)
 

多分、パソ通時代から大して変わっていないと思うけれども、ネット上における定番コンテンツのひとつに「マスコミ批判」というのがある。

ただ、マスコミ業界に多少なりとも関わりがある自分がこれについて書くと、「何を自己弁護してるんだ」とカッカする人が出そうだけれども、できれば、この後の話まで読んでみて欲しいなあと思う次第。


で、いきなり結論を書いてしまうと、いわゆる「マスコミ批判」の中には少なからず、「自分達が報じて欲しいことを、自分達が欲するように報じないのが怪しからん」という心理があるんじゃないかと。それは、ベクトルが右を向いている人も、左を向いている人も、あるいは上や下を (ってどんな方向性だ ?) 向いている人も同じ。

そう考えると、たとえば「反原発」を掲げる人達が、一方でマスコミの悪口をいっていながら、他方では自分達のデモ活動なんかが報道されると喜ぶことには、さほど矛盾はない。自分達が報じて欲しいことを報じる分には歓迎する、そうならないときには悪口をいう、という点において。他所の分野でも、事情は似たり寄ったりではないかと。

ただ、いろいろな立ち位置、いろいろなモノの考え方するの人が共存している以上は、全員が納得できる主張や考え方、全員が納得できる報道なんてものは、どう見ても実現不可能。どちらかに肩入れすれば、他方が文句をいうのは当たり前。

それと上記の心理を組み合わせれば、さまざまな業界、さまざまな分野、さまざまな立ち位置から「マスコミ批判」が出てくるわけで、それを完全になくすのは不可能な相談。そんなことができたらノーベル賞もんである (え ?)

それに、新聞にしろテレビにしろ週刊誌にしろ、主たる顧客層というのがあって、その顧客層の方を向くのは仕方ない部分がある。なんて書くと、「だから営利企業としてマスコミを成り立たせるのは云々」という人が出そうだけれど、国営マスコミの方がよほど罪作りだと思うよ ?

だから自分は以前から、「『不偏不党』とか『公正中立』なんていうのがどだい無理な相談。だから、むしろ各社がそれぞれ立ち位置を明確に、旗幟鮮明にした上で、読者や視聴者の判断に委ねる方がいいと思っている」といってきた。実際、某新聞者の人に、そんな話を面と向かってしてしまったこともある。(内心、気を悪くされたかもしれないなぁ)

それに、若干ながら関わりがある立場だからこそ逆に、きわめて微力かつ限定的ではあるものの、可能な範囲で影響力を発揮してみてもイイと思っている。実際、Stuxnet ワームに関する明らかな思い違いを指摘して、それが世に出てしまうのを止めたこともあるし、たいていの場合、むやみに煽らないようなコメントを心がけてもいるし。

もちろん、それは自分の思想信条や立ち位置に則ってやっていることだから、それが「中立公正」あるいは「不偏不党」だなんていえたもんじゃないし、そのことは自覚しているけれども。


そもそも、身も蓋もないことを書いてしまえば、誰だって「自分が見たいものを見たい」し、「自分が聞きたいと思っていることを聞かせてくれる人を尊重する」ものじゃないかと。なにもマスコミに限った話ではなくて。

たとえば、自分が「○○のファン」「○○贔屓」という状況であれば、その「○○」のことを悪くいってばかりいる個人、あるいはメディアよりも、好意的な話を主体とする個人、あるいはメディアを大事にしたくなるのは当然の流れ。逆に、悪口ばかり書いていたら排除したくもなるだろうし。

Twitter をやっている人だったら、自分がフォローしている人の顔ぶれ、あるいは自分が右から左にリツイートしているツイートの内容と、自分の考え方や好みを比較してみれば、わざわざ好き好んで自分が見たくない・聞きたくない発言ばかりしている人と付き合っているケースは少ないと分かりそうなもの。
(ただし、相手の発言を観察する、あるいは揚げ足をとったり突っ込んだりする目的で意図的にフォローしている場合は、話が別)

今の新聞やテレビなどの報道姿勢に何も問題がないとは思わないけれども、その問題をどうにかしても「自分達が報じて欲しいことを、自分達が欲するように報じないのが怪しからん」に起因するマスコミ批判は、多分、なくならない。

もっとも、ちょっと皮肉を書くなら、ネット上での「ガス抜きコンテンツ」としては、「マスコミ批判」というのはそれなりに有用なネタかも。

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