Opinion : いうべきことはいわないと通じない (2012/10/1)
 

特にイギリスにおいて顕著だけれども、軍関連のマスコミ報道に対して国防省が直ちに「かくかくしかじかの報道があったが、それは事実に反する」とかなんとかいった調子で、反論のプレスリリースを出すことがある。

もちろん、当局に対して批判的な報道があり、それに対して当局が反論するというパターン。そうした中で、どちらの言い分が正しいかどうかについては別途、議論の余地がある。当局は当然ながら、自分のことを弁護する論調になるだろうから。

ただ、それはそれとして、「直ちに反論する」というところは評価したい。両方の言い分が出てこないと比較できない。

そういえば、MV-22B の配備に関連して防衛省が、さまざまな資料を揃えて Web サイトで公開している。どちらの言い分を信用するかどうかはともかく、こうやって「防衛省の見解」を議論のテーブルに載せてくるのは良いことだと思う。

そういう意味では、いわゆる transcript、つまり記者会見における一問一答をそのまま公開することも、後になって「いった、いわない」とか「一部の発言だけを切り出すトリミング」といったゴタゴタへの対処として意味がありそう。


なんてことを思ったのは、外務省が Web サイトに「尖閣問題のバナー」を増設して、対外向けのアピールを始めたと聞いたから。

「領有権問題は存在しない」「すでに実効支配しているのだから」といった理由付けはともかく、他所から「そこは我が国のモノだ」といわれたときに、黙って聞き流すだけでいいのかどうか。第三者に対して自国の言い分を知らしめる意味で、きちっと反論していくことは必要じゃないかと。

そういう場で、「ま、ま、ここはひとつ穏便に…」の精神は通じない。同じ日本の国内同士なら通用する手法でも、他国が関わってくれば話は別。まして、「敗戦国のくせに」なんて発言まで出てくるようでは、黙って放置しておく訳にもいくまいし。

それで、双方が言い分をぶつけ合ってテーブルの上に広げないことには、落としどころを模索することもままならない。相手の言い分だけをテーブルの上に載せるのは、落としどころではなくて、単に押し負けているだけである。

なにも領有権問題に限らず、ビジネスなどの分野における交渉ごとでも同じ。自分も仕事をする上で、「とにかく双方の言い分をズラッと並べた上で、落としどころを探る」というのは、よくあること。どちらにもそれぞれ、自分なりの思惑というものがあるわけで、それが分からないことには、妥協点を模索することができない。

ただし、こういうやり方が成り立つのは、双方が「ルールに則ってプレー」していて、主張する一方では落としどころを探ろうとする姿勢も見せる必要がある。一方、あるいは双方の当事者がルールに則ってプレーしないと、ただの喧嘩になってしまう。
だから、相手が「ルールに則ってプレー」するか、それとも「俺様ルールを押しつけてプレー」するか、この違いは大問題。


「ま、ま、ここはひとつ穏便に…」の精神と類似している (かもしれない) 話として、もうひとつ。それは、ひょっとすると「謙譲の美徳」の間違った使い方もあるんじゃないか ? という話。

もちろん、天狗になって驕り高ぶり、「我が国が最強」「我が国の歴史に過ちなし」なんてことになったら、それはそれで問題がある。こんなことを書くと怒る人がいるかも知れないけれど、過去に何の過ちもしていない国なんてあるもんかと思うから。

要は「程度問題」という話。「過去の歴史は、それはそれ。だからといって、現時点で実効支配している場所を、腕力と宣伝戦でもって分捕ろうとしてもいい、ということにはならない」というのが落としどころではないかと。そこで間違った「謙譲の美徳」を発揮して、「自国を良くいうよりも悪くいう方が好ましい」「とにかく相手に譲る方が好ましい」という発想になるのは、いかがなものかと。

思うにこれは、「自分で自分のことを良くいうよりも、悪くいっておくぐらいの方が無難」という要素があるのかも知れない。いわゆる贖罪の精神とかいう話よりも。

でも、強引な領土要求に対して「穏便にコトを収めようとして」譲歩して、どこかの土地を譲り渡した結果、相手がさらに図に乗ってきて要求がエスカレート、収拾のつかない事態に」なんていう事例もある。譲歩してうまくいった事例だけではなくて、うまくいかなかった事例のことも考えるのが筋。片方だけだと論点が偏ってしまうから。

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