Opinion : 公開イベントと心情的距離 (2012/10/15)
 

先週は、海上自衛隊の観艦式 (予行) と、国際航空宇宙展 (Japan Aerospace) の取材で大半の時間を使い果たしてヘロヘロになった。後者の話は措いておくとして、今回の話の「つかみ」は前者。

もちろん、観艦式でもその他の自衛隊・米軍関連イベントでも、「好き者」がたくさん訪れている。でも、実際に現場で観察していると、「好き者」ではない人もたくさん訪れているように見受けられる。そして、たとえば横須賀のベースの一般公開であれば、バンドや花火やアメ食をおおいにエンジョイしている。

観艦式でも、気合を入れて写真を撮りまくるのは、それはそれで楽しい。でも、もっと肩の力を抜いて「護衛艦で相模湾クルーズという非日常」を楽しむのも「あり」じゃないかと思う次第。最初からテンションを上げすぎて、お昼前には疲れ果ててしまい、帰りにはもう「難民船」と化してしまうのはよくある話だけれど。


別に「好き者」を蔑ろにしろとはいわないし、それは困る (こら)。ただ、「好き者」ではないフツーの人が、基地施設の一般公開、あるいは観艦式みたいな場を訪れるのって、すごく大事なことだと思う。それは、一般市民と自衛隊、あるいは在日米軍なんかの間の「心情的距離」を縮めることができると思うから。

ことに軍事組織の場合、日常的に一般市民が出入りするわけに行かないから、そもそも接する機会が少ない。特に海自の場合、仕事場が「海の上」だけに、陸自や空自と比較しても、任務や日常に関する姿って見えにくいと思うし。

そして、接する機会が少ないと「何やってるんだかよく分からない」のは仕方ないとしても、「得体の知れない人達」あるいはさらに「物騒な人達」なんて思われてしまったら、それは問題ではないかと。

実のところ、自衛隊でも米軍でも、「ランボー」みたいな人なんて、ほとんど見かけない。もちろん、身体が資本だからよく鍛えられているし、号令をかけるのなんかを聞くと少しビビるけれど (をひ)、普通に話している分には普通の人である。フレンドリーの度が過ぎて (?) 艦上でサイン会に応じてしまう某空母艦長の海軍大佐には、さすがに驚かされたけれど。

ともかく、日常的に接する機会がない普通の人にこそ、一般公開、あるいは観艦式みたいなイベントを通じて接する機会を得て欲しいと思う次第。そうやって心情的な距離を縮めておくことが、有事 (武力行使に限らず、自然災害や重大事故も含めて) の際なんかで任務を円滑に遂行する一助になって、結果的に救われる人命が増えるかも知れないし (ちょっと強引 ?)。

なにも、誰も彼もが「日本の安全保障がー」といって国を憂いてばかり、なんてことになる必要はないし、それはそれで、いかがなものかと思う。ましてや、盲目的に「自衛隊こそ最強」「国産兵器こそ最強」と唱えて、反対論を罵倒するようになられても、それもどうかと思う。

ただ、「イザというときに頼りになりそう」「イザというときに頼ってもいいよね」と思ってもらうことは必要だろうなあ、とは思う。あって欲しくない「イザというとき」に備える組織であるからこそ。


同じ国の中 (在日米軍はアメリカ軍の組織だけれど、日本にいるのだから同じ国の中といって差し支えないと思う) でもそうなのだから、他所の国ならなおのこと。物理的距離が遠い状況下で心情的距離を縮めようとしたら、ますます努力が要るはず。

そういえば、「海軍軍人とは制服を着た外交官である」なんてことをいうけれども、軍艦が親善目的で他国を訪れて、報道公開、あるいは一般公開をするのも、「心情的距離」を縮めるという意味では同じじゃないのかなと。

最近だと、報道公開や一般公開でカナダやロシアの軍艦を訪れたけれども、どちらも乗組員は至ってフレンドリーだった。多分、百の能書きよりも、友好的な態度で接してくれる軍艦が一隻いる方が、よほど効果があるんじゃないかと思う。

逆に、表向きは「親善」とか「友好」とかいうことをいっていても、それが実際の態度に反映されていない国は心情的距離を縮められない。「友好のフリをした宣撫工作」も、一時は効果を発揮したように見えても、結局はバレてしまうもんじゃないだろうか。

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