Opinion : 理屈を説く代わりに土俵を変える (2012/12/3)
 

なんでも、永田町で「これまでの日本の電気代が安過ぎたのだ」とかいう発言が出てきた由。

これに限らず、法人税なんかでも「他国と比べて云々」という比較が出てくる。比較すること自体に全く意味がないとはいわないにしても、生活水準も所得水準も違うところで絶対額だけ比較してみても、それだけでは比較の材料としては不足があるように思える。

それに、他国と比較しようとすれば、どうしてもどこかの通貨に換算して統一する必要があるのだから、そこで為替レートの影響が出てくる。極端なことを書けば、1$=360JPY と 1$=80JPY では結果が 4.5 倍も違う。


なんてことを考えると、「平均的な家庭の平均的な支出に占める電気料金の比率」なんていう材料も必要かもしれない。なんてことを思った次第。国防支出の比較で、絶対額に加えて対 GDP 比という指標があるように。

といっても、何をもって「平均的な家庭」とするかという問題はあるけれど。ガスの併用は可能なのか、石油ストーブの併用は可能なのか、気候はどうなのか、なんていう問題が出てくるから。

そういえば自分の場合、「電気だけ」「電気 + ガス」「電気 + ガス + 石油ストーブ」と 3 パターン経験している。ただし、インカムの方もだいぶ違ってきているから、単純に数字だけ比較しても有意な結果にならないかも。なんていう話はともかく。

件の発言が出てきた背景には、電気料金の値上げに納得してもらいたいという考えがありそうだけれど、「今までが安過ぎた」とか「他国と比べて安い」とかいう説明で、みんな納得するもんなんだろうか。

煎じ詰めると、これって一種の既得権益の問題。だから、「既に存在するものを奪う」ことになれば、他国との比較がどうだろうが、「なにぃ !」と反発されるのは目に見えているような… つまり、高いか安いかという理屈で納得させようとしても、理屈はともかく感情の部分で受け入れがたいと感じる人が多いんじゃないかなあ、と。

これって、MV-22B の「事故率」の話にも似たところがありそう。なるほど、過去の事故の件数や事故率を引き合いに出して「危険だ、危険だ」と叩かれているけれど。でも、根っこのところでは「叩くことが目的」なのであって理由は何でもいいという人が相手だと、事故率の定義や事故の分類で反論しても、議論は永遠の段違い平行線。

となると、そういう形で物言いをつけられたときには、いっそ、土俵をひっり返して別の形の議論にできればいいのに、なんて考えてしまう。具体的にどんな、と問われると、風邪気味・寝不足の四割頭では (注 : これを書いている時の状況) パッと思いつかないのだけれど。

と、ここまでは「○○に反対」「反対者を説得する」という話がメインであったけれども、逆に、ロジック抜きで「○○は素晴らしい」となってしまうケースもある。えてして「贔屓の引き倒し」に陥りがちなパターン。これも、「いや、それは違うから」と理詰めで説得しようとしても、おそらくは無理。

多分、そういうのが往々にして神がかりになっちゃって宗教化するんだろうなあ、なんてことを思った次第。そうなったらもう、当人が目を覚ますまで放置しておくしかないと思う。傍から「やいのやいの」といったところで、却って反発して意固地になるだけだろうし。


blog は「応接間」状態だし、Twitter では「議論しない」と決めているので、自分のネットライフは NIFTY-Serve のアクティブ ユーザーだった時代と比べると、実ははるかに平和。だって、一文にもならないネットバトルに時間とリソースをつぎ込むぐらいなら、仕事する方がいいもの。

ただ、どうしても議論したくなったり議論に巻き込まれたりしたときには、まずは相手が「ロジックで納得するつもりがあるのかどうか」の見極めが重要ではなかろうかと。ロジックで納得するつもりのない相手にロジックを説いても暖簾に腕押し、護衛空母に 46cm 徹甲弾 (なんのこっちゃ)。

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