Opinion : "困ってる人" 捜し (2013/7/1)
 

すでに Twitter を含めて何回か書いているネタで「安比高原に行った帰りに新幹線が強風抑止で止まってしまったときに、面白がって mixi で実況している自分をスルーして、いかにも困っていそうな母子連れを取材している新聞記者がいた」というエピソードがある。

実のところ、この件に限らず、交通機関のトラブルでも道路の渋滞でもなんでも、平然としている人や面白がっている人を取材にしたところで、まるでニュースにならない。「不便な出来事」が起きたのであれば「不便な目に遭った人」が対になるのは、これはもう仕方ない。テンプレートみたいなもの。

強風とか地震とか人身事故とかいう、事前の予測が困難、ないしは不可能な理由で交通機関が使えなくなるのは誰の責任でもないし (いや、飛び込み自殺は別か)、事前に予測して対処しろといっても無理な相談。せいぜい、多少のダイヤの乱れを織り込んでスケジュールに余裕を持たせる、というぐらいの対処しかできない。

先日、羽田から千歳に飛んだときの飛行機の遅延が、まさにそれ。千歳でバッファとなる余裕時間を織り込んでおいたおかげで、悲惨なことにならずに済んだ。
ただ、それとて程度問題。余裕があるに越したことはないけれども、気にしすぎれば際限がなくなるので、現実的な限界はある。


そんなこんなで、予測不可能なトラブルは仕方ないとしても、事前に予告・告知されている話なら別問題。

ちょうど、この週末にみずほ銀行の ATM がシステム統合作業のために止まっていたけれど、それに絡んで「ATM 停止で困っている人のツイートがあふれている」とかなんとか書き立てたサイトが、どこぞにあった。

でも、ATM の停止なんていうのは、工事に伴う鉄道の運休や道路の通行止と同じで、ちゃんと事前にあの手この手で告知しているもの。それを知らなかったからといって、銀行側に全面的に責任を押しつけるのは違うと思う。

そして、そういう人に媚びて「ATM を止めている銀行は怪しからん」というトーンの記事を書くのも、これまた違うと思う。それはもはや「報道」でも何でもなくて、単なるおべっか使いであり、扇情 & 扇動してるだけ。タイトルで書いた "困ってる人" 探しというのは、そういう意味。

と、こういうことを書くと「それは、自分に伝わらないようなやり方をとった告知の仕方が悪かった」と言い返されそうだけれど。

しかしながら、代替手段がない唯一の銀行なのであれば、当然ながら日常的に利用しているはずで、それなら ATM コーナーや店舗などに告知が出るのが普通。それを「まったく知りませんでした」というのは、知らなかった側にも三分の非 (いや、もっとか ?) があるのでは。

ちょっときつい言い方をすれば、そういうのが本物の「情報弱者」じゃないか、と。自分が見たい・知りたい情報を得ることには血道を上げるのに、自分が見るべき・知るべき情報には注意を払っていないという点で。(「見たい」と「見るべき」は、決してイコールではない点に注意)


そういえば、この手の "困ってる人" 探しというと、最近の円安に関連するニュースもそう。円高になっても円安になっても、困る人もいれば潤う人もいる。でも、"困った人捜し" を使命だと思ってる人は、円高になれば「円高で困ってる人」を鵜の目鷹の目で探すし、円安になれば「円安で困ってる人」を鵜の目鷹の目で探す。円安も駄目、円高も駄目、じゃあ、いったいどうしろと。

そもそも、"困ってる人" 捜しだけしていれば社会正義の実現につながるんだろうか。

本人の力だけではどうにもできない不条理のせいで "困っている人" を取り上げる、それは分かる。でも、本人に非があるケース、どちらに転んでも困る人が出てくるのは避けられないケースで、いかにも無謬・無実の被害者であるかのように書き立てるのは、どうなんだろう。そんなことばかりやっていると、却って社会正義の実現から遠ざかるんじゃなかろうか。

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