Opinion : 第一報を聞いたら深呼吸 (2013/11/25)
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しばらく前、「NPO 法人 航空・鉄道安全推進機構」の年次イベントである「安全セミナー」に行ってきた。そのとき、国土交通省の方による「公共交通事故における被害者支援について」と題するお話があり、その中で「情報のとりまとめ」という話が出てきた。
事故の第一報が入ってきたとき、まず問題になるのは「誰が乗っていて、被害や生存の状況はどうなのか」だろうと思われる。そこで情報を整理して確実に伝えられるようにしようという取り組みがなされている由。
それはいいのだけれど、気になったことがあったので、その後の質疑応答で訊ねてみた。それは、「事故発生直後は情報が錯綜しがちだと思うが、どう対応するのだろう」ということ。多分、インスタントな解決策はなくて、信頼できる情報をふるい分けて整理する、地味な取り組みを進めていくしかないのだろうけれど、あまり簡単な仕事ではなさそう。
ただ、「第一報が錯綜する」のは、なにも事故に限らない。戦争でもテロ事件でもそう。報道機関は「とにかく何か伝えなければ」となるから、ちょっとでも使えそうな情報があれば飛びついてしまいがちだし、それがまた情報を錯綜させる。
それとは別に、さまざまな方面で我田引水な発言をしたり観測気球を上げたりする人がいて、そのせいで錯綜する事例もある。予算策定なんていうのは典型例だし (特にアメリカの議員関連の動きは生々しい)、武器展示会におけるメーカー首脳の発言にも似たところがある。誰もが自分とこの利益を最大化しようとして、発言を通じて状況を動かそうとしたり、観測気球を上げたりする。
政府や与党がまとめる国防関連の方針、あるいは防衛省の概算要求 (アメリカなら予算教書) にも、似たところがある。必ずしもその通りに実現するとは限らないのだけれど、とりあえず「既定の話」として論評したり、一喜一憂したり、悲憤慷慨したりする人が出てくる。
特に昨今、「本土の戦車はゼロ」とか「戦車を 300 両に削減」とかいう話が出たもんだから、それこそもう「悲憤慷慨の極み」みたいになっている向きが見受けられる状況。なんだかもう、「戦車が減ると、それだけで日本の国の護りは全崩壊する」といいだしそうな勢いである。
でも、それを見ていると「ロンドン軍縮会議のときの七割論争」を連想する。戦車が要らない、とまではいわない。でも、現行の戦車戦力を維持しなければ国の護りが成り立たないのかといわれると、それもどうかと。要はリソース配分と優先順位とドクトリンの問題なのだけれど。
そこで引き合いに出す事例は、えてして「カナダは戦車の全廃を決めたが、後になって…」である。使えそうなネタがあると、バックグラウンドや趣旨はそっちのけで次々に複製再生産される、ネット論壇の典型的挙動。
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そもそも、第一報が出た段階で一喜一憂して大騒ぎというのもアレである。情報が錯綜する事故や戦争の第一報はいうに及ばず、予算がらみのリーク情報や観測気球などにしても、それがそのまま確定事項になるとは限らないのだし。
だから、第一報が入ってきた時点で即座に反応してワーワーやるよりも、まずは深呼吸して落ち着いて続報を待つ、というぐらいでちょうど良いのではないか。と思うことがままある。
ただ、それができないのがテレビという媒体。大事件があると関連ネタで枠を埋めようとするものだし、そうなるとネタ探しに奔走せざるを得ない。よくある話だけれども、事故の第一報が入ってきた途端に現場の映像を見せて、「原因は何ですか」と訊かれても困る。それで原因が分かるぐらいなら事故調査委員会は要らない。
幸い、自分は時事ネタでお呼びがかかることが少ないし、お呼びがかかっても可能な限り「分からないことは分からないという」「断言できないことは断言しない」との意識を持っているけれど。
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