Opinion : 右も左も国粋主義 ? (2014/4/7)
 

一般に、「右翼」と呼ばれる種類の人は「日本は素晴らしい国だ、日本に瑕疵はない」という方向の主張をする国粋主義的な人で、「左翼」と呼ばれる種類の人は反対、むしろ「地球市民」なんて言葉を持ち出すコスモポリタン、と思われているのではないだろうか。

ところが最近、俗に「左翼」に分類される人がコスモポリタンかというと、実は違うんじゃないかという気もしている。


そのきっかけとなったのが、武器輸出三原則等の緩和・防衛装備移転三原則への移行にまつわる反応。Twitter でも mixi ボイスでもいいけれど、よく見かける反応は、「日本を死の商人にする武器輸出三原則緩和に反対」とか「平和国家である日本が云々」とか、そういうのが目立つ。

よくよく考えると、そもそもの発端である三木首相 (当時) の答弁からして、「平和国家としての我が国の立場から〜」とあるのだけれど、それはともかく。

以前から書いているように、日本が一人で「武器は輸出しません」といっていても、それで世界が平和になったかといえば、そんなことはない。需要がなくならない限り、日本が売らなければ別の誰かが売る、それだけの話。

第一、武器輸出三原則が登場した後で戦乱が減ったかといえば、そんなことはまったくない。だから「武器輸出三原則を緩和すると、世界が平和にならない」と主張するのは難しいので、「日本を死の商人にするのは反対」という論法になるのかも知れない。

そういえば、「憲法九条を世界遺産に」とか「憲法九条にノーベル平和賞を」とかいう主張をする向きがいらっしゃる。実はこれも似たところがあって、世界平和がどうとかいうよりも、「日本は世界に誇るべき素晴らしい平和国家であらねばならぬ」という前提があって、それを支える「世界に誇れる何か」の存在が大事、ということではないかと思えてならない。

あれえ ?

ということはですよ。途中で通る経路、引き合いに出す材料はだいぶ違っているものの、右も左も「日本は素晴らしい国」「日本には世界に誇れるものがある」といいたいところは共通していることになる。

すると実のところ、どっちも行き着くところは国粋主義者なんじゃないの。と、そう思えてきた次第。


といったところで、ここまでの話からは話題を変えて。

この「武器輸出三原則」に限ったことではないけれども、いったん、分かりやすい見出しのような言葉ができて定着すると、その前の経緯や背景事情、具体的な内容などをいちいち気にしないで、言葉が一種の「不可侵の教典」になってしまう傾向がある。

だいたい、武器輸出三原則から防衛装備移転三原則への移行という話ひとつとっても、それぞれの文面や経緯をちゃんと調べれば、もっとまともな反対論をぶつことができるはず。それをやっていないから、「死の商人になるから反対」という程度のことしかいえない。「集団的自衛権は憲法違反だから反対」にしても似たようなもの。

そういえば、「ブラック企業」という言葉があるけれども、これもそろそろ、本来の意味を逸脱して、気に入らない会社のことを手当たり次第に「ブラック企業」と呼ぶケースが出てきやしないだろうか、と思っている。

「善玉用語」にしろ「悪玉用語」にしろ、意味や背景事情を置き去りにして看板だけが一人歩きする可能性があるということ。前の方でお題にした「武器輸出三原則」も、看板の一人歩きと「世界に冠たる平和国家日本という願望」が結びついた事例、なのかもしれない。

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