Opinion : 新技術・新製品の通過儀礼 (?) (2014/5/12)
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なんでも、最近話題の 3D プリンタで銃 (のようなもの。といっても、ちゃんと機能するらしいからバカにできないけれど) をこしらえたスットコドッコイな人が現れたのだとか。
実に困った話だと思うけれども、それを受けて「3D プリンタ規制論」をいいだす人がいる様子。確かに、「ワイドショーのコメンテーター」とか「ニュースショーのキャスター」とかいう種類の人で、その手の主張を展開する人は現れそう。
でも、現実問題として「軍事転用が不可能な構造・仕組みを備えた 4WD ピックアップや頑丈ノート PC」なんてものが実現困難なのと同様、「銃の部品だけ作れない 3D プリンタ」も実現困難。
よしんば「銃の部品だけ作れない 3D プリンタ」が実現できたとしても、それで済むか。たとえばの話、「3D プリンタで鉈を作って殺人を犯した」なんて事件が起きたら、今度は「鉈も作れない 3D プリンタを」って話になるんだろうか。そんなことを繰り返していても無限ループにしかならない。
ついでに書けば、3D プリンタなんてものが存在しない時代でも、化学兵器や自動小銃を密造したり、あるいは密造を企てたりしたテロ組織は存在した。3D プリンタだけ規制しても問題解決にならない。
どんなテクノロジーでも製品でもサービスでも、善用もできれば悪用もできるのだから、悪用だけ規制しようとしても簡単な話じゃないし、それどころか「規制不可能」という事例が多いぐらいでは。最終的に、それを使う人間の良心に頼らざるを得ない部分が残るのは、何でも同じこと。
では、そこで買い手を規制するのかといっても、どこまで実効性があるか。武器輸出みたいに最終使用者証明を出させるわけにも行くまいし、買い手に誓約書を出させても効果はないだろうし。
その 3D プリンタに限らず、新しいテクノロジーや製品やサービスが世に出てきたときに、こんなパターンをたどる事例が間々あると思う。
新しいテクノロジーや製品やサービスが登場する
「さまざまな問題を一挙に解決できる魔法の杖」みたいなノリで喧伝する人が現れる
利用が増加するにつれて、それを悪用しようとする輩が出てくる。やがては何か、人目をひきつけるような事件が起きる
「魔法の杖」として煽っていたのが一転して「危険なもの」「どうして放置していたのか」「国がちゃんと規制しろ」などとバッシングになる
そのうち沈静化して、落ち着くべきところに落ち着く (こともある)
たとえば、皆さんが拙文を御覧いただくのに使っているインターネット。
最初の頃は「いろいろな情報がタダで手に入るワンダーランド」みたいな持ち上げられ方をしていたけれど、その後に何か事件が起きたり犯罪にも使わたりする事案が出てきて、「インターネットは危険地帯・無法地帯」みたいないわれ方もするようになった。いやまあ、実際にそういうところはあるけれども。
そうなると、今度は危険や無法といった問題をいかにして解決するか、といって知恵を絞る人が現れる。一方で、その解決策をかいくぐろうとして悪知恵を働かせる輩もいる。だからインターネットの場合、上に示したパターンと違って、「落ち着くべきところに落ち着く」日は永遠に来ないような気がする。
ついでに書けば、「情報がタダで手に入る」という話が先に喧伝されたせいでビジネスの展開が難しくなった部分はあるし、情報を求めて検索をかけたらノイズだらけで収拾がつかない、なんてことも日常茶飯事 (これは自著でも書いた)。結局のところ、当初にいわれていたようなワンダーランドかというと、それは怪しい。
それはそれとして。先に書いた「持ち上げる」「事件が起きる」「落とされる」の三連コンボは、新しいテクノロジーや製品やサービスが世に出てきたときにありがちな、一種の通過儀礼のようなものではないかと思える。そして、ちょうど 3D プリンタは「事件が起きる」「落とされる」のフェーズに来たんじゃないかと。
ことにテクノロジーが絡む話になると、誰もが内部構造やロジックまで理解しているわけではないし、むしろ多くの人にとってはブラックボックスになるのが普通。
たとえば、私にとって STAP 細胞とか iPS 細胞とかいうのはブラックボックスもいいところ。
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すると、構造やロジックを理解している人よりもしていない人の方が、過剰な期待や怖れに走りやすい、といえるかも。その結果、新しいテクノロジーや製品に対して「得体の知れないもの」というイメージを抱いてしまい、「事件が起きる」のフェーズで噴出して「落とされる」のフェーズに突っ走る、ということなのかなと。
その「得体の知れないブラックボックス」という受け止め方が、「危険な香りのするものを遠ざけておけば、とりあえず心の安寧は得られる」ということにつながるのかなあ、なんてことも考えてみた。問題解決につながるかどうかは問題ではなくて、とりあえず「危険なもの」とレッテルを貼って遠ざけてしまえ、と。
となると、それって「戦争になって欲しくないから、戦争に関連のありそうなものをとりあえず遠ざけておいて心の安寧を得る」のと似た心理なのかも知れない。と書いてみたものの、そちらの話をさらに展開すると大脱線になるので、今回はこの辺で。
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