Opinion : やらない後悔よりやる後悔 (2015/2/16)
 

タイトルは「ヤらない後悔よりヤる後悔」ではないので、お間違いのなきよう (なんのこっちゃ)。

「買ってし魔王」の向こうを張ったわけではなく、どちらかというとパロディで、うちには「行ってし魔王」という言葉がある。とりわけ旅行がらみで降臨することが多いので、こういう名前をつけているけれど、それ以外の分野にも共通するのが、「やらない後悔よりやる後悔」という考え方。

たいてい、最後の踏ん切りを付けるときにはこの台詞を決め手にして、自分で自分を納得させる。そして実際に発動すると、「やってよかった」となることがほとんど。もちろん、発動してみたら思惑通りに行かなかったこともあるけれど、何も得られなくて完全にボウズということはほとんどない。


先日、14-15 日にかけて青森界隈に出動してみたら、低気圧の来襲と豪雪でえらいことになり、だいぶ思惑が狂った。おまけに、天気は予報より良かったものの、強風が吹き荒れて、外に立っていたら吹っ飛ばされそうになったし、もちろん寒くて往生した。レンタカーを借りていたおかげで「逃げ込む場所」があったのは幸い。もちろん、そこまで計算に入れてクルマを借りたのであるけれど。

ただ、思惑が狂い、狙っていた列車がウヤになったり大遅延したりして取り逃がした一方では、そのウヤに起因して予定外の拾いものをしたケースもあった。それも、自分が現場に立っていたからこそ、拾いものを掴み取ることができたわけで、まさに「やらない後悔よりやる後悔」。

「買おうか買うまいか」あるいは「行こうか行くまいか」と悩んでいるとき、ネガティブな理由を並べ立てて、「買わない」あるいは「行かない」ことの理由付けをして自分を納得させようとする場面がある。たぶん、よくある話だと思うけれども。

自分の場合、そこで「行ってし魔王」が押し切ってしまうことが多いので、結局は現場に立つことができて、100% でなくても、なにがしかの成果をもぎ取って帰ってくることが多い。

もちろん、限度はある。〆切間際なのに書けていない原稿を放り出して、とか、経済的に大ヤバになるような規模の資金投下をやって、とか、身体の調子が悪いのに無理をして、とかいうことになると話は別。

といっても自分の場合、仕事はたいてい、前倒し、前倒しでやっているし、いざとなれば行き帰りの車中・機中で仕事をしていることもあるから、そちらが問題になることはまずない。

資金的な話にしても、せいぜい「カシオペア」のスイートに乗るぐらいが限度。いや、それだって結構な贅沢ではあるけど。だから、「買ってし魔王」や「行ってし魔王」が原因で破産するようなことは (たぶん) ない。

そして、「現実的に可能な範囲」という但し書き付きながら、その範囲内では積極的に動くことが多いし、それが後になって仕事の糧になることも、ままある。それもまた、自分が現場に立っているからいえること。あれこれと言い訳をして自宅に逼塞してばかりでは、そうはいかない。


もちろん、「やらない後悔よりやる後悔」があらゆる場面に適用できるわけではない。極端な話を持ち出すならば、一国のトップが「やらない後悔よりやる後悔」といって戦争なんか起こしてくれたら、たまったものではない。

だから、「やらない後悔よりやる後悔」というのは、もちろん条件付きの話。時間的・経済的な制約があるし、「やったこと」に起因するリスクをどう評価するかという問題もある。

そこまでちゃんと考えた上で、「もしうまくいかなくても、ダメージはリーズナブルな範囲にとどまる or リカバリーの目処はある」という見通しまで立てた上であれば、たとえば個人レベルの「買ってし魔王」や「行ってし魔王」は、なにがしかのメリットをもたらしてくれるんじゃないかと思う。

企業や国やその他の組織がやるあれやこれやにしても、同じこと。あれこれ言い訳をして、何もしないで座り込んでいたら、得られるかも知れないものまで捨てることになるし、事態を変えることもできない。やってダメでも、なにがしかのリカバリーができればマシ。

ひょっとすると、今の日本に欠けているのは、こういう考え方なのかも知れない。現状墨守で手持ちのものを護ろうとするばかり、それが結果として現状も手持ちも失う方向につながっていないかなあ、と。

ちゃんとリスク評価をした上でのことながら (って強調しておかないと、絶対にこの但し書きをすっ飛ばしたり無視したりする奴が出る)、まずは動いてみないと、何も変わりはしない。

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