Opinion : 現場・現物を見るのは必要だけど (2015/3/16)
 

先週末に、北陸新幹線の上り初列車に乗ってきた。すでに E7 系/W7 系は見たことも乗ったこともあったけれど、やはり、それが本来の舞台を走り始めたんだなあ、という意味の感慨はある。

ちと騒々しすぎるだろ、と思いつつも、開業初日の現場のムードみたいなものも感じられた。ただ、仕事ならともかく、プライベートなら「初日・最終日は避けて、普段着の表情を見たい」と思っていることに変わりはないけれど。

それはそれとして。鉄道系のお仕事にしても軍事系のお仕事にしても、「現場」や「現物」を見られる機会があったときには、できるだけ出掛けることにしている。さすがに海外ともなると (費用はともかく) 時間的な制約があるので難しいものの、国内であれば話は別。

だから、「これは後で仕事の役に立つかも知れない」「これは見ておいた方が自分のためになるんじゃないか」というネタがあれば、自費ですっ飛んでいくこともしばしばある。

やはり、「現場」や「現物」を目の当たりにして、それで初めて分かること、感じることはたくさんある。自分は物書きというポジションにいるから、それをいかにして読み手に伝えるかが最大の課題。

と、ここまでの話は以前にも書いているけれど、それでは現場・現物さえ見ていれば勝利なのか。


当節、「分からないことがあれば、サーチエンジンにキーワードをぶち込んで検索すればよい」という風潮があるようにも見受けられる。いや、なにも今に始まったことではなくて、20 世紀の末期からすでに、マイナー分野の情報をまとめた Web サイトを引き合いに出して「インターネットで分からないことはないんじゃないか」と書いていた雑誌があった。

そんなことは断じてない。

以前からしつこく (いっている | 書いている) ことではあるけれど、ネット上にある情報というのは、あくまで、誰かが調べて書いたことだったり、誰かがどこかからかパクって来て拡散したことだったりする。誰かが最初に情報を上げなければ、それは誰の目にも触れないし、他者から見れば存在しないも同然。

それに、あくまで「他者の眼」を通した情報だという点にも留意する必要がある。公開された記事が生み出される過程で、何かオミットされた情報があってもおかしくはない。だから「サーチエンジンとインターネットは万能」なんてことはなくて、現場・現物を目の当たりにして初めて分かることはたくさんある。そのことを忘れてはいけないと思う。

ところが難しいのは、現場や現物を見ていても、(日本語に翻訳されたものではなく) 原語の情報を見ていても、それで必ず正しい知識や正しい情報評価ができるとは限らないこと。

そういえば、武官とか大使とかいう形でどこかの外国に派遣されたときに、自国の代表として動くよりも、相手国の回し者、伝声管と化してしまう人がときどきいる。もちろん、相手国による宣撫工作にひっかかって丸め込まれる可能性もあるだろうけれど、もともと個人的に相手国への贔屓や思い入れがあったときには、なおさら危険。

自分がいつも「過度の個人的な思い入れは商売の邪魔」といっているのは、そういうこと。「○○国の軍事に詳しい」ということと「○○国の軍事について冷静な評価ができる」ということは必ずしもイコールではないし、他の分野にしてもそれは同じ。

つまり、現場や現物を見ていても、原語の情報にあたっていても、そこに過度の個人的思い入れというバイアスがかかれば台無しになり、ただの伝声管になる。「ネットで検索すればなんでも分かる」が幻想なのと同様、「現場や現物を見ている人の方が常に正しい」「原語の情報をあたっている人の方が常に正しい」も、また幻想。

逆に、相手を軽んじたり侮蔑したりというバイアスがわるさをして、過小評価につながる危険性もあり、これはこれで危険。


現場や現物を見ることも、原語の情報もあたることも大事だけれど、それだけで信頼性や正しさが保証されるものではないということ。自分の目の前にあるデータに対してどう向き合い、どう評価するかが問題。もちろん、現場や現物を見て、取り込んだ情報を咀嚼するための基礎知識がなければ、見えるはずのモノも見えなくなる。

…という、当たり前すぎるぐらい当たり前のところに落ち着くのだった。

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