Opinion : 利益度外視とは酷い話 (2016/1/4)
 

豪、潜水艦選び本格化 = 価格面で日本優位か (時事)」なる記事が載った。

各国の計画内容は非公表だが、「価格で日本が優位」との観測が浮上している。

ふーん。たいていの場合、自国が有利だと書きたがる傾向があるものだし、いくらか割り引いて受け取るぐらいでよいだろうなあ。と思って、さらに読み進めてみたら…

日本政府は、「そうりゅう」型潜水艦を建造する三菱重工業と川崎重工業に利益を優先せずに受注合戦に臨むよう求めており、企業として参加する独仏より価格面で優位に立つ可能性があるという。

ちょっと待てコラ。これが本当ならトンでもない話。仮に、上の記事で報じられた話が事実だとして話を進めると。


これが 100% 政府出資の国有企業だとか、あるいは (今の日本にはないけど) 海軍工廠だとかいうなら、まだ話は分かる。でも、三菱重工も川崎重工もレッキとした民間企業であり、大勢の株主に支えられている。その民間企業に対して「赤字覚悟の受注」を要求する状況は、おかしい。

だいぶ昔に問題になった「1 円入札」みたいに、将来的に利益につながる可能性があるから当初は安値で応札する、というのとは事情が違う。もちろん、潜水艦の件でも就役後の維持サポート業務という案件は発生するが、その多くは地元の ASC に落ちるだろうし、そういうスキームを作らなければ受注は覚束ない。

自衛隊向けの装備品についていえば、政府が「発注元」で重工 2 社が「発注先」だから、その立場を利用して圧力をかけていると思われても仕方ない。

身も蓋もない言い方をすれば、「外交政策の一環として防衛分野で日豪の協力関係を強化したい。だから、その格好のツールとなる潜水艦については、メーカーがひっかぶってでも受注しろ」といっているも同然。冒頭の話が本当なら、外交のコストをメーカーにおっかぶせているようなものである。

もっとも、「後で別の形で政府が埋め合わせをするから、とりあえず赤字覚悟でもオーストラリアの案件を勝ち取ってもらいたい」という密約があるなら、話は違ってくるけれど。(そういう話をすること、あるいは密約という形にすることの是非は、また別の問題)

それでも、プライムは潜水艦だけ造っているわけではないから (経営陣は「そんなのダメだ」というだろうけど) 他の部門の黒字で穴を埋められるかも知れない。でも、全体のコストをへつれば、それは回り回ってサプライヤーにまで影響する。

そして、小規模なサプライヤーになれば、埋め合わせの原資がない。すると「そんなら潜水艦から手を引く」というところが出てこないとも限らない。なにも潜水艦に限ったことではないけれど。

すると、産業基盤維持のための武器輸出だったはずが、逆の効果になりかねない。もちろん、これが杞憂で終わる方がいいのだけれど。


このオーストラリア向け潜水艦の一件、「対外輸出の実現」という果実と「産業基盤の維持・育成」という果実が対立して、その間でドタバタしているような印象がある。ひょっとすると、官邸や外務省と防衛省の間で、思惑・利害が噛み合っていない一例であるのかも知れない。

でも、国防・安全保障は政治・外交と不可分の存在なのだから、ちゃんと折り合いをつけて整合性を持たせるようにしないと、後々、問題を起こすことになるんじゃなかろうか。

Contents
HOME
Works
Diary
Defence News
Opinion
About

| 記事一覧に戻る | HOME に戻る |