Opinion : 今あるものもいつかは消える (2016/3/21)
 

なぜか昔から、ジョイフルトレインとか一発モノのネタ列車とか、飛行機だとスペシャル マーキングとか、そういう「限定もの」にあまり関心がない。たまたま遭遇すれば「ラッキー」と思うけれど、わざわざ追いかける場面は (皆無とはいわないものの) 希少。

意識的にそうしているわけではなくて、なんとなくそうなってしまった。「5% の非日常より 95% の日常を大事にする」といったマインド セットのなせる業かも知れない。クルマを買うときにも、日常での使い勝手やコストを大事にするし。

といいつつ、前のレガシィも今度のインプレッサも「特別仕様車」だけど、これは「特別仕様車だから買った」というよりも「たまたま特別仕様車が装備・価格面でピタッとはまった」という理由。


とはいうものの、現実には「いつでもそこにある」「いつでも見られる」「いつでも手に入る」となると、ついつい「空気のような存在」になる。すると、後回しにしてしまうのはよくあること。

そして、日常的に見られた頃には「また○○か !」といわれていたのが、いざ減勢して希少価値が出たり、引退間際になったりすると、突如として人気者に祭り上げられるのもまた、よくあること。

なにかと話題の津軽海峡線関連だと… 昨春までは貨物を撮るというと、まずフォーカスするのは ED79 だった。EH500 が来ると

「ま た 金 太 郎 か !」
なんていわれていたもの。でも、その EH500 だって海峡線で姿を見られるのは本日限り。北海道に姿を見せるのは本日限り。

これは「前から分かっていた、予想がついていた」種類のもの。ところが、それとは違って「何かの拍子に、当たり前だったものが当たり前でなくなる」こともある。東日本大震災で壊されてしまったあれこれがそうだし、放火事件で戦線離脱した N700 の X59 編成も同様。

そういうことがあると、普段からネタでもなんでもないものをコツコツと記録しておくことの重要性を感じてしまう。飛行場のランウェイ エンドで日々、黙々とスポッティングをやるのに通じるものがありそう。

そういえば。街中にある建物や施設って、普段は「日常」として溶け込んでしまっている。だから殊更に存在を意識することは多くないのだけど、いったん取り壊しなどで姿を消すと、なにか違和感を感じる。

そして、「あれっ、ここって何があったっけ」となる。どういうわけか、元の風景を思い出そうとして難儀をすることが少なくない。平素、殊更に存在を意識していなかったから、そういうことになる。

そうこうしているうちに、そこに新しい建物が出現して、またそれが新たな「当たり前の日常」になる。その次はまた「振り出しに戻る」。そうやって街の風景が少しずつ変わっていく。そんな中でたまに、昔の風景をちゃんと記録していた人にスポットが当たることもある。

比較的、レアな話ではあるけれど、ときには「テロや戦争に遭って壊されてしまった建物」ということだってあり得る。世界貿易センタービルやバーミヤン渓谷の石仏みたいに。


もちろん、「いつか注目されるかも知れないから」なんていう動機では、そのうち息切れして長続きしないだろうけれど。でも、当たり前のように存在する日常が、いつ当たり前でなくなるか分からないのだから、それにもちゃんと目を向けた方がいいんじゃないか。とはいいたい。

そこら辺のお店で売っている商品にしても、「いつでも手に入るから」と思っていると、ある日突然 discon になって慌てることがある。平素から買い支えていれば、少なくとも「売上が伸びないので discon」という事態を避ける役には立ちそう。

よくよく考えると、この「いつでもそこにあるから… と思っていたら、なくなりそうになって慌てる」って、赤字ローカル線にはつきものの図式である。

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