Opinion : 嫌悪症や反対への過度の依存は組織をつぶす (2016/7/11)
 

その昔、IT 業界に「Bill Gates 嫌悪症」という言葉があった… というと語弊があって、そういう指摘をした人がいた、というレベルの話。ただ、「アンチ Microsoft」な競合企業、あるいは競合企業のトップが出ては消え、出ては消え、したのは事実といってよさそう。

メディアの方も、何かライバルが出てくる度に「これで Microsoft の覇権は終わったか」という論調の記事を展開するのはお約束みたいなものだった。ただ、それが的中したか否かを取り上げるのは、本稿の本題ではない。

問題は、その「Bill Gates 嫌悪症」が経営にもたらした影響。


たぶん、ビジネスでも人付き合いでもなんでも同じだろうけど、「アンチ○○」「反△△」を掲げる人が出てくることがある。それは個人の思想信条の自由だから好きにすればいいけれど、「アンチ○○」「反△△」の度が過ぎると悪影響が出てくる。

その最たるものが、企業やその他の組織のトップが本来なすべき経営戦略とか経営施策とかいったものを置き去りにして、「アンチ○○」「反△△」であること自体を、戦略あるいは施策にしてしまうこと。

たとえば、新しい製品やサービスを発表する席で、「これが顧客にこういう価値をもたらします」とか「これが顧客にこういうメリットをもたらします」ならいい。それが空手形ということもあるかも知れないけれど、それはまた別の問題。少なくとも、顧客にもたらすメリットをアピールしていることにはなる。

でも、そういう話をそっちのけにして、ライバルに対する敵意をむき出しにしたらどうなるか。「この新製品で○○社に勝つ」「このサービスで△△社を叩き潰す」ということばかり口にしていたら。

それをやれば、報道陣は喜ぶかも知れない (他人の喧嘩は蜜の味である)。でも、顧客は喜ぶだろうか。新規顧客の開拓にプラスだろうか。

と、これは話の進行上、かなり極端な方向に振って書いた。とはいえ、ライバルに対する敵意や嫌悪が先行したときに、顧客が二の次あるいはお留守になる可能性は否定できないと思う。トップが本業そっちのけで "口撃" に力を入れるようになれば。

そもそも、自分とこの能力向上や競争力向上よりも、相手を叩いて引きずり下ろすことにばかり注力しているようでは、敵失に頼らないと勝てない。顧客が求めているのは、満足できる製品・サービス、あるいは問題解決に役立つ製品・サービスであって、ライバル社を叩く売り手じゃない。

それに、"口撃" に力を入れてばかりいるような売り手は往々にして、結果が出なかったとき (ありていにいえば負け戦になったとき) にも、自分の弱点や作戦ミスや判断ミスを棚に上げて、"敵" に責任を押しつけるんじゃないだろうか。

そんなことをやっていても勝ちにつながるわけはない。「○○嫌悪症」に過度に囚われたトップが、その地位を追われたり、会社を傾けたり、組織をつぶしてしまったりする事例がいくつもあるのは、たぶん、そういう理由。


第一、傍から野次馬的に見ていても、他人の悪口ばかりいっている人はポジティブには見えないし、あまり近寄りたくない。そういうトップをいただく会社や組織には勤めたくない。

まったく他人の悪口をいわない聖人君子みたいな人は、そうそういるもんじゃないけれど、要は程度問題である。ときどき悪口をいうぐらいなら問題はないけれど、明けても暮れても悪口ばかりいっているようでは、気持ちのいいものではない。

それに、悪口の言い方というものも考えないと。ただ罵倒するだけなのと、多少なりともユーモアのセンスや気分的な余裕が感じられるのと、どっちがマシだろか。

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