Opinion : 記者のお仕事 (2016/8/1)
 

先日、Twitter で「JR 西日本に無線 ATC の取材に行ったときに、『地上子とは何か、中学生でも分かるように説明してくれ』といって JR 西日本の人を困らせた新聞記者」の話を書いたら、自分のツイートにしては珍しく拡散された。

その話の発端になったのは、新聞記者が「自分が知らなくても、知っている人に教えてもらえばいい。むしろ、なまじ予備知識があるとよくない」と考えているらしい、との話。真偽の程はともかく、確かに新聞社の人と話をしていると、そう考えているらしい傾向は感じられる。

もちろん、専門誌の記者や編集者やライターと違って、多様な事象を扱うわけだから、特定分野のことしか知らない「専門馬鹿」では困る、という考えにも理はある。でも、だからといって「何も知らなくていい、相手にしゃべらせろ」でいいのかというと、それも違うだろうと。


たとえば冒頭の無線 ATC の話。なんで地上子の話が出てくるかというと…

JR 東日本のATACS (Advanced Train Administration and Communications System) にしろ、それをベースにした JR 西日本の無線 ATC にしろ、無線を使用することで連続的な情報交換ができる。対して従来型の ATS だと、Sx でも Px でも Dx でも、地上子やトランスポンダがある場所で情報交換を行うから、断続的なやりとりになる。

実はこの「連続的なやりとりが可能になる」というところが本質で、「地上子とは何か」というのは (あまり良い言い方ではないが) 枝葉末節の話。なんだけど、何も予備知識がないと、そもそも「どの部分が本質なのか」ということが分からない。だから「地上子とは何か」なんていう脇道の話に囚われて中の人を困らせる。

「自分が知らなくても、知っている人にしゃべらせればいい」という考え方の根本的な問題は、ここのところにあるんじゃないか、と思った。

そして新聞にしろテレビにしろ、さまざまなニュースに合わせた「テンプレ化」がなされているように見受けられる。という話は以前にも書いたけれども、自分が理解できない、テンプレから外れた分野の話になると頭がフリーズしてしまって、何が重要な本質なのかを見失ってしまうんじゃないだろうか。

そのテンプレというか悪しき伝統というか固定観念というか、その中でも最たるものが、「事件・事故が起きたら犠牲になった方の人となりを調べて "悲劇の犠牲者物語" を書かないと、重大性を伝えることができない」ではないかと思う。これのせいで、「被害者の個人名が明らかにならない」と不平をいうようなことが起きる。
ひょっとすると、新聞記者に求められる能力とは「ネタを獲ってくる能力」であって「解説する能力」ではないのか ?

尼崎事故では ATS が槍玉に挙がったけれども、ヒューマン エラーが原因なら「お粗末」「たるんでる」といって叩く、ハード的不具合が原因なら「欠陥機」「欠陥車」といって叩く。そういえば「コストが上がってスケジュールが遅れて、炎上してる」という叩き手法もある。みんなテンプレである。

どれも、それをやれば書き手と (読み手 | 視聴者) の溜飲は下がるかも知れないけれど、根本的な、本質的な問題解決にはならない。でも、送り手の側が「何が本質的問題なのか」が分かっていなければ、本質的問題に迫れるはずがない。

それはそれとして。さっきの無線 ATC の話だと、技術的な話はよく分からないから、社会部のマインド セットとしては「尼崎事故みたいな事態を防げるんですか」とかいう話に集中してしまう。たぶん、他に大した質問は思いつかない。ATACS のことを知らない、ATACS がどこで使われているか知らない記者が取材に来てるんだもの。

「なまじ書き手に知識があると、(知らない) 読者の目線に立った記事が書けない」なんていうのは、ただの言い訳、怠慢。ちゃんと基礎知識を持った上で、分からないことは取材で仕入れて、それを読み手が分かるような形で読み手の視点に立って書けるのが、本当の筆力であり、記者たるものの仕事ではないのか。


「自分が知らなくても、知っている人にしゃべらせればいい」という考え方には、もうひとつ問題がある。それは何かというと、「自分の中で固まっている方向性や結論に合わせて、都合のいいことをしゃべってくれる人にしゃべらせる」という罠。

日本の報道機関は一応「不偏不党」とかいう旗印を掲げていて、旗幟を鮮明にしないことになっている (らしい)。実態はまるで異なると思うけれども、建前はそうなっている。すると、社の人間がなにかしらの意見・意向を表明するのは具合が悪いので、部外者に代弁させる、ということにならざるを得ない。しかし、それって虫が良すぎないか ?

あと、「知っている他人にしゃべらせる」際に、「タダで他人の時間と手間と労力を使わせるのが当たり前」と思っている節があるのが、なんとなくモヤモヤする。テレビ局だと、「企画協力」という題目でギャラを頂けることがあるけれど、新聞や週刊誌だとたいていは実質的にタダ働きである。

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