Opinion : いわゆる費用対効果に関する徒然 (2016/8/29)
 

「費用対効果が大事」とはしばしば書いているところだけれど、最近、この「費用対効果」について考えさせられる話がいくつかあった。

そもそも費用対効果とは何かといえば、効果を費用で割った数字。費用が同じで効果が高ければ、費用対効果は上がる。効果が同じで費用が下がっても費用対効果は上がる。相対的な指標だから、そうなる。だから、「効果と費用の両方が上がって、費用対効果は変わらない」もあり得る。すると、効果を求めるのか費用を求めるのかで賛否は分かれそう。


その昔、PC 用のパッケージソフトというと「無料電話サポート付き」のことが多かった。Excel の定価が \98,000- だった時代の話である。要するに、パッケージの価格にサポート費用も含んでいたといえるわけで、カーナビの VICS ユニットと似た部分がある。

でも、サポート電話を利用する人にとってはいいけれど、そうでない人 (自分は一度も厄介になった記憶がない) にとっては、パッケージの価格にサポート費用が含まれていたのだとすれば丸損になる。

という考え方があったのか、それともパッケージの低価格化で裾野を拡げる考え方が優先されたのか。1990 年代の半ばぐらいからだろうか、サポート有償化の流れが出てきたと記憶している。少なくとも、サポート電話の世話にならない人にとっては、その方がありがたい。

ただ、サポート費用という目に見える形での負担が発生するとなると、それまで「電話サポートはタダ」と思っていた人は抵抗を感じる。それに、明示的におカネをいただくのであれば、それに見合ったクオリティのサポートを提供しないと苦情が出る。

だから相応のスキル・経験を持った人材を確保する必要があって、これもまた有償化のコストに響く。でも、その分だけパフォーマンスが上がるのであれば、費用対効果は落ちない。もちろん、費用がかかるのにパフォーマンスが悪ければ怒られる。

ユーザー サポートみたいな話になると、パフォーマンスの定量化が難しいという問題はあるものの、それはまた別の問題。

そこのところが分かっていなくて「安いが正義」の「コスパ厨」になってしまうと、値段は下げろ、パフォーマンスは上げろ、サポートぐらいタダでやれ、といいだす。それも程度問題で、行き着く先はブラック企業化ではないか。

質の高いモノやサービスを求めるのであれば、相応の対価が必要なのは当たり前の話。PC デポの有償サポートの一件で何が真の問題かといえば、契約の取り方とその内容 (特に解約がらみ) なわけで、そこで有償であること自体を否定されたのではたまらない。

ただ、その「相応の対価」の閾値は、人によって違う。たぶん、主として可処分所得というか、負担力の高低によって違う。可処分所得が多い人が「相応」だと思う額が、可処分所得が低い人にとって「割高」になるのは、当然といえば当然。


しばらく前に Let's Note を買ったけれど、いまどきのノート PC の価格帯からすれば、これはどう見ても高い。でも、メリットを考えれば許容できた。安い PC は、まず間違いなくキーボードがヘッポコで、これは物書き業としては許容できない。

何かをへつらないと価格は下がらない。その、へつった部分が自分にとって欠かせない部分であれば、いくら安くても安物買いのなんとやらになる。

逆に、EOS 5D Mark IV は、現用中の EOS 5D Mark III に対する満足度が高いので、得られるメリットの差分が小さいことから様子見にした (将来的に買わないとはいってない)。裏を返せば、価格次第では「あり」ということでもある。相対的な指標で判断すると、そうなる。

これらは身近なレベルの話だけど、大物では戦闘機。これだって国の経済力や直面している脅威の度合などによって、費用対効果の割り算に算入するパラメータはまるで違ってくる。脅威度が高ければ、高くてもメリットがある、という判断は成り立つ。

繰り返すと、費用対効果の良し悪しは相対的な問題。だから、「費用対効果が高い = 安い」という話じゃないのだ。

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