Opinion : 記者のあり方 (2016/12/26)
 

「うちは電通のこと書けないね」長時間労働に悩む女性記者たち マスコミの抱える課題 (BuzzFeed News)

「なんだ、他社の過重労働をぶっ叩いている新聞社だって同じじゃないか」という感想は、当然ながら出てくるわけだけれど… それとは別に考え込んでしまったことがひとつあったので、それについて書いてみようと思った。


新聞記者が最初に「サツ回り」から始まるのは昔から変わらない。事件・事故の類はいつ、どこで起きるか分からないから、常に即応するよう求められ、その結果として「どこにも行けない」。という話がリンク先の記事に出てくる。

なるほど、事件・事故に即応して切った張ったができる「事件記者」を育てるなら、それでいいかもしれない。でも、新聞記者は事件記者だけではない。専門性が高い分野では、書き手の側にも相応の知識・理解・識見が求められる。

ところが、仕事で報道公開や記者説明会といった場に出向くと、ときどき (?)「なんでこんなスットコドッコイな質問をするんだ」という新聞記者に遭遇することがある。

無線 ATC に関する報道公開にやってきて「ATACS って、どこで使ってるんですか」と真顔で訊く新聞記者。ホームドアに関する報道公開にやってきて「ホームドアの導入状況について知らない」新聞記者。「地上子とは何なのか、中学生に分かるように説明してくれ」といって JR の人を困らせていた新聞記者。

それぐらいのことは、自分で事前に予習するとか、平素から勉強するとかしておけよ… と思うのは、趣味誌・専門誌の感覚なんだろうか。「自分が分からないのは悪いことではないし、相手が懇切丁寧に説明してくれるのが当然」という感覚は、どうにも理解しがたい。

なんてことを書くと「読み手は専門家ではないのだから、その読み手に分かるように説明する必要がある」といい返されるかもしれない。それは当然だが、「読み手が素人なら、取材者も素人でよろしい」なんてことにはならない。

取材者・記者は通訳である。専門家の言葉を、専門外の人に分かるように噛み砕いて解説する通訳である。だから取材者は相応の知識が求められる。なんだけれども、そこで前述したように「知らなくてもいい」と開き直るようでは、本当に重要な部分を正しく認識できるかどうか怪しい。

特定の事件、あるいは分野を継続的に追い続けて、データを蓄積して、それで初めて分かることは必ずある。

でも、それを実現できる仕組みが、今の新聞社やテレビ局にあるんだろうか。現場取材の経験からすると、不安を覚えざるを得ない。だって現実に、取材対象のことをよく知らずに取材に来ている人を、頻繁に見かけるんだもの。

そして社長記者会見の席で、存在しない製品の話を大真面目に訊いて相手を困惑させる記者が現れる。それでは、相手を「ギクッ」とさせるような、核心を突く質問にはならない。


自分みたいな個人事業主だったら「組織の意向」みたいなものは関係ないから、「これ」というターゲット分野を決めて継続的に追い続けることはできる。というか、それがないと仕事が続かない。「何でも書きます」は、「何もできません」と、ほとんど同義だから。

ことに紙媒体の場合、速報性ではハンデがあるのだから、別のところで価値を上げていく必要がある。すると、目先の話だけで終わらせないで、過去の経緯や背景事情、あるいは将来に向けた洞察・予察も交えた記事を書けるぐらいまでやりたい。

今の新聞社に、そういう危機感があるのか。前動続行で過去と同じことをやって、サツ回りと夜討ち朝駆けで記者を鍛えたつもりになって、「庶民感覚」と称する "上から目線" を振りかざして、記者クラブという名の「ぬるま湯仲良しクラブ」でやっていれば大丈夫、と思ってるんだろうか。

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