Opinion : 正義疲れ (2017/1/9)
 

新年早々から「ガクッ」と来るようなタイトルとテーマで申し訳ないかな… と思ったけれど、そのまま書いちゃう。

昨年のアメリカ大統領選の頃だったか、「ポリコレ疲れ」なる言葉を頻繁に聞いた。ポリコレといっても「なんとかコレクション」の類ではなくて、political correctness の略なのはいうまでもない。

確かに「政治的には正しい○○」の濫用にゲンナリさせられる場面はあるし、それが度重なると疲れてしまうのは分かる。

実はそれに限らず、政治的でなくても「正しい○○」にゲンナリさせられてる人が結構いるんじゃないかなあ。というのが今回のお題。しまった、いきなり結論になってしまった。後が続かない。


…というわけでもなくて。もうちょっと噛み砕いて書くと、これは「あからさまに逆らいがたい正義」を振り回す人に疲れてるんじゃないの、という話。その「あからさまに逆らいがたい正義」の実例を挙げ始めると、キリがないから割愛するけれども、たぶん、容易に想像はつくと思う。

実のところ、新聞記事、あるいはテレビのニュース番組 (主として政治部・社会部マター) なんていうのは、この手の「送り手にとっての逆らいがたい正義」を発露する場になっているきらいがある。

問題は、その場その場で部分最適化した「逆らいがたい正義」を持ち出した結果として、全体で見ると矛盾が起きる場面が見受けられること。たとえばこれ。

  • 「原発反対」という主張のために「人が住めない不毛の地になった 1F 事故の被災地」という話を喧伝する正義 (自分はこれを正義だと思わないが、やっている本人は多分、正義だと思っている)
  • その被災地から他の土地に避難した人に対して、いじめ・嫌がらせが起きたときの「いじめ・嫌がらせはいけません」という正義。

筋論からいえば、「人が住めない不毛の地になった被災地」という話を喧伝したことが、いじめ・嫌がらせにつながったんじゃないの ? という指摘になる。ふたつの話をつなぐと、そういう一貫性の欠如が露見する。

両者は関連性がある話なのだから、つなぐことに矛盾はないはず。

その場その場で「最善」と思われる「正義」を持ち出すことを繰り返すと、全体的な一貫性は保障されないから、こういうことも起こり得る。でも、当事者はおそらく、矛盾があるとは思っていない。否、矛盾があることにおそらくは気付いていない。

受け手の側が、そういう状況にウンザリして、嫌気がさしてきているっていうことはないんだろうか。矛盾がなかったとしても、「大所高所からの正義は結構なことだけど、それより先に、自分が直面してる問題を解決してくれよ」となるんじゃなかろうか。


もうひとつ、相手を「正義疲れ」させる原因は、大声で押しつけがましく高圧的に連呼し続けること。「正義なんだから反論は許さない、即座に理想を実現しなければならない」と思ってのことなのか。

ひょっとすると「正義だから反論は許さない」のではなくて「正義だから反論などあろうハズがない」なのかも知れないけれど。

なんにしても、そういう調子で声高な意見の押し売りを繰り返されたら、どんなに正しい (はずの) 内容であったとしても、聴かされた相手がウンザリして、嫌になってしまう。それでは却って正義の実現から遠ざかる。最近、そんな話が多くない ?

もっとも、Twitter あたりで朝から晩まで同じようなフレーズばかり連呼していても、「仲間受け」するだけで、それで社会や世界を変える力にはならんと思う。

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