Opinion : むやみな単純化は危ない (2017/4/10)
 

昨日、全行程を終えて、とかち帯広空港の待合室でグターッとしていたら。待合室に設置してあるテレビで、「子供でも分かる国際ニュース解説」系の番組をやっていた。メインのテーマは米中首脳会談だったか。

ただ、その番組の解説の模様を何とはなしに聞いていたら、「こんな調子でいいのかなあ ?」と若干の疑問を覚えた。


国際情勢に限らず何でもそうだけど、よく知らない人にとっては分かりにくい、という類の話はいろいろある。もちろん、当事者はよく分かっているわけだけれど、それを部外者に説明しようとした場合にどうするか。

たとえば、自分がフィールドのひとつにしている IT 系の話で、操作の仕方などが分からないとなった場合。そこで、初心者向けの解説は大きく分けると二種類あると思う。つまり、こういうこと。

  • とにかく操作手順を覚えさせる
  • 操作手順だけでなく、その背景にある原理原則を併せて教える

とりあえず、手間がかからないのは前者。受け手の側にとっても、当座の問題解決は速い。でも、単純に「こうしたいときは、こう操作します」だけだと、別の状況に直面したときに応用が利かない。また別の手順を覚え直すだけ。

理想をいえば、原理原則の部分までちゃんと知って、理解すること。それができると、最初に教えられたのと異なる状況に直面したときに、応用力を発揮する素地ができる。それは、表から見える「操作手順」だけでなく、その背景にある「考え方」が分かるから。

では、ニュース解説はどうか。おそらく、こんな按配になると思われる。

  • ボルトやナットをごっそり抜いて、物事を単純化して教える
  • 起きている現象だけでなく、その背景にある原理原則を併せて教える

前者の場合で始末が悪いのは、物事をなんでも「善玉 vs 悪玉」の図式に単純化してしまい、「ところで悪玉は滅ぼされなければならない」という話に落とし込むことじゃないだろうか。

外交・紛争がらみのニュースは特にそうだけれども、単純明快に「善玉 vs 悪玉」の図式にできない場面が多々ある。もとい、それができる方がレア。誰にだって自分なりの正義があるわけで、それに基づいて自国の利益や生存を追求しようとして、ときには (しばしば、か) ぶつかり合いが生じる。いいか悪いかは別として、そういうもの。

それに、味方は未来永劫に味方、敵は未来永劫に敵、とは限らない。仲が良かったはずの国同士が仲違いしたり、敵同士だったはずの国がいきなり手を結んだりということは、ちょいちょい起きる。

そして、「正義のためなら自国が滅んでも構わない」なんてロジックで動く国はないわけで。そこで生存のため、発展のために必要だと判断すれば、筋を曲げる事例だって出てこようというもの。

だから、なにも平沼内閣の総辞職を引き合いに出さずとも、国際情勢なんていうのはもともと複雑怪奇なもの。それを単純化した図式に落とし込もうとすれば、無理や誤解を生む原因にしかならないのでは。


さらに始末が悪いのは、ニュース報道というのは往々にして「送り手が信奉する正義の押し売り」になりがちなこと。そこに「善玉 vs 悪玉」方式を融合すると、「送り手が信奉する正義にかなう当事者は善玉、それに対立する当事者は悪玉。よって悪玉は滅ぼされなければならない」という話になりかねない。

ロジックじゃなくて感情に支配される「安心」への信奉もそれで、「数字ばかり並べ立てて安全であると主張するばかり。でも、安心をもたらしてくれないのは怪しからん、悪玉である」なんて話になったら、もう収拾がつかない。

どこの何とはいわないけれど、そういう図式になってしまったニュース報道、いろいろあるんじゃないだろうか。

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