Opinion : いっていること、いっていないこと (2017/4/24)
 

何をネタにしようかと思案した結果、先週の記事の続きにした。

そこで改めて、騒ぎの発端になった (らしい) USS Carl Vinson (CVN-70) の話を振り返ってみると、同艦に対する行先変更の指令に関して米海軍がリリースした記事はこういう内容。

Adm. Harry Harris, commander, U.S. Pacific Command, has directed the Carl Vinson Strike Group to sail north and report on station in the Western Pacific Ocean after departing Singapore April 8.

どこにも朝鮮半島なんて書いていない。"Western Pacific Ocean" とあるだけ。確かに朝鮮半島も太平洋西部に含まれるが、北は千島列島から南はインドネシアあたりまで、これみんな太平洋西部である。


折から、北朝鮮が何かやらかしそうだという話が出てきていたし、何かあると大統領が空母の動向を気にするという話も広く人口に膾炙されている。そんなこんなにより、「西太平洋に向かえという指令が出た」が「朝鮮半島を目指すのではないか」という話にバケラッタした… と考えても不自然ではない。

しかも追い打ちをかけるかのように、大統領は「大艦隊を派遣した」といいだすし、シリアには巡航ミサイルを撃ち込むし、アフガニスタンには MOAB を投下するし。そんなこんなの燃料投下も相まって、「北朝鮮でも花火が上がる」という憶測につながってしまったわけ。

でも、繰り返すけれど、発端になった空母の話についていえば「西太平洋」とはいっていても、「朝鮮半島」とはひとこともいっていない。少なくとも公式には。周りがそれを見て勝手に吹き上がっただけである。と、太平洋軍司令部や国防総省やホワイトハウスはいいそうだし、否定のしようがない。

こんなことを書くと文句を言われそうだけれども、新聞やテレビにとっても、一般市民のレベルでも、(我が身に火の粉が降りかかってこない限りは) 戦争というのは案外と魅力的なコンテンツである。というと語弊があるが、注目されやすい事態であるのは事実。

だから「こりゃ戦争か ?」となったところに燃料を投下されれば、妄想が妄想を呼び、憶測が憶測を呼び、それらが融合反応を起こして、先週の日本の朝野みたいな騒ぎになってしまう。アメリカも結構な騒ぎだったみたいだけど、日本ほどではなかった ?

で。そういう効果と、それによる間接的な圧力を狙って DoD が情報戦を仕掛けた、と書いたら否定のしようがない。実のところ、「ロシアの情報戦やフェイク ニュース」に文句をいっているアメリカだけれども、自分だって結構いろいろやっている。

要するに、相手が見たい・聞きたいと思っている材料を、後になって否定したり、あるいはトボけたりできるような形で出してみせることができれば、相手はそれに釣られて妄想を膨らませて、勝手に盛り上がってくれる。

後になって「スカ」だと判明しても「そんなことはいってません」で終わり。公式に発表すると具合が悪いのなら、裏口からコソッと誰かが「ここだけの話だけど」といってリークする手もある。


思い起こせば、1990 年の湾岸危機と 1991 年の湾岸戦争にも、「後になってドンデン返し」の情報戦みたいな話があった。

開戦前には、「イラク軍は強い」と思わせる情報が大量に流れていた。実際、イラン・イラク戦争を戦った経験はあるし、そこで化学兵器を使ったこともあったし。

すると、戦争に反対する人にとっては「開戦しても苦戦するから止めろ」といえる。反米主義者な人にとっては米軍を dis る好機になる。「開戦もやむなし」と思っていても、苦戦する可能性が高いとなればモノの言い方は慎重になる。

そして蓋を開けてみたら、楽勝ではなかったし、きわどい場面もいろいろあったものの、全体的に見るとイラク軍は惨敗。「いやー、苦戦すると思ったんだけど、やってみたら違ったよ」なのか「最初からこうなると予想できたけれど、外部にはいわなかっただけ」なのか。さあどっちだ。

もっとも、開戦前に「鎧袖一触だ」と吹かしていたのが開戦してみたら大苦戦、というよりは、逆の方が無難ではある。そういう一種の保身というか、慎重さというか、そういう事情もあったのだろうけれど。

なんにしても、当局から「見たい・聞きたい」と思っていた種類の情報がもっともらしく流れてきたときには注意しないといけないし、「関係者のリーク」という出所不明の情報、あるいは冒頭の「西太平洋」みたいに「拡大解釈に拡大解釈を重ねて」みたいな類の情報も。

そういうのは、みんなひっくるめて気をつけろ、という新たな教訓ができたといえるんじゃないだろうか。

以前にもどこかで同じようなことを書いたかも知れないけど、「いっていることではなくて、いっていないことが重要」「発言の字面より、その発言の背後やある事情や糸が重要」という話なんである。個人的に、いろいろ痛い目に遭ったことを踏まえての教訓でもある。

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