Opinion : 話を単純化しようとすると無理が出る (2017/7/24)
 

しばらく前、九州方面で「奉納された砲弾」など、あちこちの「本来、あってはならない場所」で昔の砲弾が見つかる事案が相次いだことがあった。

もう、みんな忘れちゃってるかもしれないね ? 最近は以前にも増して、「ニュースの賞味期限」が短くなってるから。

それを受けて、とあるテレビ局から「砲弾の危険性について説明してくれないか」という依頼が来たことがあった。それで「説明するのはいいけど、砲弾といってもいろいろな種類があるし、信管の種類によって動作内容が違うし…」とかなんとかいう回答をした。

それが原因なのかどうか知らないけど、結局、この話はポシャった。そういえば以前、アメリカで列車事故があったときにも、自分で自分の出演の機会をつぶすようなことをいってたような気がする。


さて。

テレビは特にそうだし、新聞や週刊誌も似た傾向があるけど、「ああいうケースもある、こういうケースもある」という細かい説明や、「学術的には正しいがややこしい」説明は嫌がられる傾向があるように思う。ネット上での個人ベースのやりとりだって、似たようなもん。

たとえばの話。何かのニュースをスマホの画面で見たときに、とりあえず冒頭・一画面分ぐらいだけ見たところで「続きを読む」とあったら、続きは読まないで終わりにしちゃったりしない ?

某新聞の記者が JR の人を困らせていた「地上子」の一件なんかもそう。分かりやすく要約すれば「アンテナみたいなもの」ということになるけど、電波の伝搬とは動作が違うから、厳密にいえばアンテナではない。空間波無線と誘導無線ぐらいは違う。

でも、学者や研究者の方は特に、そういうところで細かい正確さに拘りをお持ちだ。当然である。そうでなければ仕事にならない。そこのところで、「短時間で誰でもパッと分かる説明」を求める新聞やテレビとは親和性が悪い。

実のところ、テレビでも新聞でも SNS でも、その場でパッと分かってパッと盛り上がれる「瞬間芸」ばかりが持て囃されている傾向はないか。なんていうことを、とみに考えさせられる昨今。

裏を返せば、背景事情から今後の見通しまで、系統立てて考えたり解説したりすると、どうしても話は長くなるので嫌がられる。冒頭で書いた話なんかも、たぶん、それである。「徹甲弾とか榴弾とか焼夷榴散弾とかいうのがあって、信管にも撃発信管と遅発信管と時限信管がが…」なんていいだしたら、もうそこで「長い !」といわれそう。

一方、物事を「善玉」と「悪玉」に分けて、快刀乱麻を断つように悪玉をぶった切って終了、というのは手短でシンプルだから分かりやすい。裏を返せば、単純に一刀両断できるものではない、(学術的・技術的には正しいが) 聞いている側にとっては退屈になりかねない説明は蔑ろにされがち。

そういう意味では、鉄道の信号保安システムなんかは「複雑な話」の典型例かもしれない。だから「ATS-P が (ある | ない)」という単純二分化された話に落とし込まれてしまうようなことが起きる。

自分が多少は分かる分野の話だと、航空事故もそう。単純そうな出来事の裏側に、実はまるで単純ではない背景事情が潜んでいたりする。でも、それを最初からキチンと、誰でも分かるように説明していたら、それだけで尺や紙面を使い果たす可能性は高い。それはまず間違いなく嫌がられる。

ちょうど、これを書いているときにスッタモンダしている陸自の「日報」問題だって、当初の経緯から背景事情までキチンと説明した上で、何が問題なのかを明らかにした記事や番組。皆無とはいわないが、いったいどれだけあっただろう ?


単純に「善玉・悪玉」に分ける時代劇方式 (?) の何が怖いかといえば、いつもいっているように、「悪玉をやっつけるためなら何でもあり」「悪玉をやっつければ問題解決」になりがちなこと。

架空のエンターテインメント世界の中なら、それでもいいかもしれないけれど。でも、さまざまな要因が絡み合った複雑怪奇な現実社会の中で、そう簡単に「善玉」「悪玉」を明確に分けられるもんじゃない。そして、いったん「悪玉」にされたら、そう滅多なことではひっくり返らない。

そういう状況下で、以前に書いた「自分が信奉する正義を押し売りする」報道機関の性質を心得た人が出てくると、そういう性質を上手いこと利用してしまうわけである。

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