Opinion : さまよえる夢追い人 (2017/9/25)
 

訳語のチェックなどで少しお手伝いした「サイバネティクス全史」を読んでいたら、いわゆる「無政府主義者」系の人がサイバー空間に可能性を見出してハッスル (?) するくだりが出てきた。

興味深いのは、サイバースペースであるとか、サイバネティクスの主役であるところの「マシン」に対して、「上げ」のフェーズと「下げ」のフェーズが取っ替え引っ替え出てくるところ。

実は、「サイバー空間で実現する、国家の関わりを局限したフリーダムな世界」にも、似たところがあるように思えた。実際にはそういうものは実現していないし、今後も実現することはないと思われるけど。


よくよく考えてみると、そもそも「インターネット (あるいは、その御先祖様) の上に展開される、国家の関わりを局限したフリーダムな世界」そのものが幻想である。

だってそうでしょう。どこでも電気通信というのは国のコントロール下に置かれているもの。すると、UUCP によるバケツリレーの時代でも現代でも、その電気通信網を利用して成立するサイバースペースそのものが、国の関与なしには成立しなくなる。

だから、サイバースペースで国家体制にとって都合の悪い情報が出回っているとなれば、なんとかして規制しようとする国は出てくるし (例 : 中国)、サイバースペースで利益を得ている (らしい) 人がいれば徴税しようと企てる役所は出てくる (例 : 日本の国税庁とビットコイン)。

そういう制約を打破しようとすれば、基盤となる通信網から自力で構築しないといけなくなる。(通信網を構築しようとすると、国の電気通信行政との関わりは不可避で、それを避けようとするとアングラになるのだが、それはとりあえず措いておくとして)

ところが、よしんばそうやって「独自の通信網を構築した上で展開するフリーダムなサイバースペース」を実現したとしても、それを滞りなく運営していくためには、なにがしかの組織とガバナンスが必要になる。

また、仮想通貨だろうがリアル通貨だろうが、通貨や商取引という話が出てくれば、制度作り、裏付け、規制などといった話も出てくる。

すると行き着くところは、「国家の関与を否定するために構築したフリーダムなサイバースペース、という名の新たなオレオレ国家のようなもの」というギャグになるのではあるまいか。


その「国家の関わりを局限するフリーダムな世界」というところから連想した話がひとつ。

それは、「反政府・反権力系の活動家」ないしはそれにシンパシーを感じる人達が直面してきた「新しいユートピア」と「その後の挫折」。実のところ、これは反対側の右派系勢力にとっても同じなのだろうけど、左派系の方が目立っている印象がある。

パソコン通信ネットワークでも、WWW や電子掲示板でも、blog でも、SNS でも同じ。何か新しい媒体、あるいはサービスが出現する度に、そこに飛びついて人が集まり、大声を上げ始める。でもなぜか「顕著な支持の拡大」「顕著なシンパの拡大」にはつながらない。

そのうち、新しい媒体やサービスが出てくると、そっちに移動する。そしてまた、同じことの繰り返し。今は Twitter や Facebook で吠えている人達も、そのうち別の場所に移動して、また同じことを繰り返すんじゃないだろうか。

新しいプラットフォームの出現で舞い上がって「これで世の中を変えちゃる !」となってしまう人がいるのは、結構、興味深い現象だと思う。もっとも、ニュース屋さんの中にも「某国で Twitter を使って云々」とか「某国で Facebook を使って云々」とかいう話を報じる向きがあるから似たようなものかも。

ところが、なぜかうまくいかないんである。ネット世論でワアワア吠えればリアル世論が動くのかというと、そうならない。声が大きいから目立つように見えるけど、その割に影響力が出ない。

世論を動かすためにやっている、という意識でもなければ、「Twitter は言論プラットフォーム」という発言は出てこないと思うのね。でも、大半の人は「言論の場」だとは思っていないんじゃないかと。情報収集の場、あるいは交流の場ではあっても。

実のところ、どんなプラットフォーム、どんな媒体を使うにしても、いっていることがムチャクチャだったり、過激だったり、強引だったりすれば、まずサイレント マジョリティはついて来ない。

その当たり前の話を忘れて、新しいユートピアを見つけた気になっては挫折してさすらい続ける。あるあるだ…

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