Opinion : 組織の慣性 (2017/12/18)
 

昨日、中部国際空港に「787 初号機 (ZA001) 大移動」の取材に行ってきた。その後、あちこちの媒体に記事が載っているのを見たけれど、どこも「テンプレ通り」というか何というか。媒体ごとの独自性というか、特色が、あまり感じられないんである。

そういう、型にはまった記事ばかりでは面白くないので、うちでは視点がだいぶ違う記事を書いて送ってみたけれど、さて、どういう反応になるだろう。

新聞・テレビ・通信社といったあたりだと、記事や番組の内容だけでなく、取材にも「型」がある。専門媒体の人間は往々にして、その「型」を無視するので、囲み取材にソッポを向いて現場・現物を見ていることが、よくある。


前に「マスコミ報道のテンプレ化」について書いたことがあったと記憶している。先日に N700 系 K5 編成で発生した台車枠亀裂発生事故でも御多分に漏れず、例の「安全神話の崩壊」というテンプレが行き交っていた。当事者がいってもいない「安全神話」って何なのだ。

ただ、やってる当事者だけを責められない部分はあると思われる。お約束の「型」から外れると、きっと上司や上層部から怒られるのだろうから。たとえば、自分たちが慣れ親しんできたやり方を否定されたくない、横並びから外れて浮き上がりたくない、等の心情が原因で。

結果として、その「型」が適切なのか、それが本当に報道の使命を果たしているのかということよりも、「型」を守ることに固執してしまう図式となる。と書いたところでよくよく考えてみると、なにも「報道のテンプレ化」に限った話ではなかった。あちこちの分野で見られる話である。

何かの定まった「型」が確立すると、「どうしてそうなったのか」という経緯は忘れられて、その「型」が不可侵の金科玉条と化してしまう。そして、そこから逸脱したり、疑問を持ったりすることすら認められなくなる。たとえ周囲の状況とミスマッチを起こしていたとしても。

先週に書いた「自衛隊の組織やオペレーションを見直す検討をしてみてもいいんじゃないか」という話もしかり。

そこで何か変えようと試みて、失敗でもしようものなら「そらみろ」という声が沸き起こって、ますます変えられなくなる… そんな図式は容易に目に浮かぶ。仕事のやり方でも、組織のあり方でも、人材トレーニングのやり方や内容でも。

以前から何回か疑義を呈している自衛隊の各種行事の類。実はあれ、当事者よりも、上層部や OB や「お客様」の声が大きいせいで変えるに変えられないんじゃないかと疑っているのだけれど、実際のところはどうなんだろう。

IT 業界には「ちゃんと動いているものはいじらない」という金言がある。ところが、ちゃんと動いているかどうかに関係なく「今あるものはいじらない」となってしまうのは、ありがちな話。

あと、いざ変えるとなったときに動きが鈍くて、むやみに時間をかけてしまうというのも、ありそうな話。そうこうしている間に、また状況が変わり、変化が一段落したときには新たなミスマッチが起きている。なんてことになったら洒落にならない。


要約すると、「組織の慣性」「習慣の慣性」「型の慣性」「前例の慣性」という話かなと。動かそうとするとなかなか動かず、いったん動き出すと軌道修正が難しい。そこに「誰それさんが決めたことだから変えられない」「誰それさんのやり方に疑義を呈するなんて怪しからん」が加わると、もうね。

「○○反対運動」の類にしても、あるいは野党にしても、これまた「慣性」が大きい。だから、万年ワンパターン化したことばかりやって、サイレント マジョリティにソッポを向かれている。それで選挙に負けると、ますます意固地になる。

もちろん、アジリティがある方がいいといっても、単に変わり身が早ければいいという話ではない。大事なのは、「今のやり方が最善なのか、最適なのか。最優先すべきことはこれなのか」という問題意識を常に持っていて、必要とあらば変えることを厭わないこと。

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