Opinion : 抑止力の n 本柱 (2018/1/8)
 

ふっと気になって、「抑止力」という言葉の辞書的定義を見てみたら、「活動をやめさせる力。思いとどまらせる力」との記述があった。でも、どうやって「やめさせたり思いとどまらせたりするか」を書いていない。

安全保障とか犯罪防止とかいう観点から見ると、「それをやったら反撃されてえらい目に遭う、あるいは処罰される」という制度・体制が整っていることが、すなわち抑止につながると解釈できる。

犯罪行為を犯しても、お咎めがない、逮捕も何もされない、ということでは「やったもん勝ち」になってしまうから、これでは犯罪の抑止にならない。やったらまず間違いなく捕まって司直の裁きを受ける、という前提があるから犯罪抑止になる。

いうまでもなく、核保有国同士の相互確証破壊も同じ。


ただ、安全保障が絡む抑止の場合、単に装備品という名のハードウェアだけあれば抑止力として成立するかというと、それは違うと思う。

しまった、いきなり結論を書いてしまった。ただ、それで終わりにしたのでは不親切なので、論拠も書いてみる。

「他国に武力侵攻を仕掛けたときに、反撃されてえらい目に遭う」が抑止の基本だけど、「反撃されてえらい目に遭う」ためには、武器というハードウェアがあるだけでは不十分。

それを実際に使用するのは人間だから、訓練・演習がどこまで行き届いているかという問題はついて回る。持っていても使いこなせていません、性能を引き出せていません、では、戦力としての価値は減殺される。

また、武力をいかにして使うか、どういう場面で使うか、という問題もついて回る。極端な話、「持っているけど使いません」と宣言してしまった武力は、存在しないのと同じことになる。

そして、いまどきの武力は高度化・複雑化したウェポン システムが前提になっているから、整備・点検が行き届いていて、高い可動率 (稼働率ではない) を実現している必要もある。いくら最新鋭でカタログ性能がいい戦闘機を持っていても、整備不良で可動率が低ければ、存在しないも同然。

ややこしいことに、整備状態が良好で可動率が高くても、人為的な事情から稼働率が上がらない、ということもあり得る。それでは「存在しても使えないんじゃないの」という見方につながってしまうから、「抑止力」という観点から見ると問題がある。

ここまで書いてきたことを要約すると、抑止力としての武力が成立するには、以下の条件が必要になる。(最初は「三本柱」のつもりでいたら、三本どころじゃなかった)

  • 十分な能力を備えたハードウェア (装備品)
  • そのハードウェアの能力を十分に引き出せるだけの訓練
  • ハードウェアの能力・状態を保つための整備・維持管理
  • ハードウェアの調達・整備・維持管理と人員の訓練を支えるカネ
  • 能力発揮の裏付けとなる教義やポリシー

これらを掛け算すると、トータルの「抑止力」になる。どれかひとつがゼロでも他で補える、という訳にはいかないから、足し算にはならない。「抑止力」だけでなく「プレゼンス」でも、事情は似たようなものでは。


それで何をいいたいのかといえば、「抑止力のために○○という装備品が必要」という論じ方だけでは不十分ではないのかなあ、ということ。先日に別項で書いた「O&M (Operations and Maintenance) の充実」も、それを支える人やおカネもなければ話にならない。

いささか逆説的だけれども、「いざというときには確実に抜いて切るぞ」という刀でなければ、「抑止力を発揮して抜かずに済ませる」ことができない。相手が「どーせ抜きはしないだろう」と思っている刀を持っていても、却って抜かなければならなくなる可能性が高くなる。

難しいのは、こちらが「いざというときには抜くぞ、威力があるぞ」と思っていても、相手がそう思ってくれるかどうかは別問題、というところ。その話を始めると長くなりそうだけれど、前提条件として先に挙げた諸要因があるのは論を待たない。

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