Opinion : "庶民感覚" という言葉の怪しさ (2018/4/23)
 

まーた始まった。何の話かといえば「政治家が着ているスーツが高い」ってやつである。

だいたい、こういう話が出てくると、お約束のようにくっついてくるのは「庶民感覚が云々」という台詞だけれど、そういう手口はダマカシじゃないか、という話を書く。

あっ、珍しく結論を最初に書いてしまった。


だいたい、しかるべき立場がある人が着る物におカネをかけるのは、ある意味「当然」のところがある。政治家しかり、芸能人しかり。女性のタレントさんや女優さんが高いドレスを着て出てきたからって、「庶民感覚がない」といって叩くか ?

なんていうと「芸能人は夢を売るのが仕事だ。政治家は庶民感覚が分からないと庶民を意識した政治ができない」という反論が出てくると思われる。でも、そこにはちょっとしたダマカシがある。

たぶん「庶民を意識した政治ができない」の裏返しは「金持ち優遇」である。

「金持ちは経済的に事欠いていないのだから、モノの高い・安いを意識する必要はない。庶民はカネに余裕がないから、モノの高い・安いを常に意識している。それが分からないと庶民向けの政策はできない」ってあたりの理屈であろうか。

でもねえ。「モノの高い・安いを常に意識している人のことを考える」と「自分が安物しか身につけない」って、同じ次元の話なんだろうか。新聞・テレビがいう「庶民感覚」って、正確にいうと「節約ケチ主婦の感覚」じゃないんだろうか。

ここで「主婦」という言葉を使ったことに対して、男女差別的だと噛みつく人が出てくるかも知れない。しかし現実問題として、新聞・テレビ・雑誌の「節約特集」「激安特集」が、主としてどんな層に向けて発信しているかを考えてみてもらいたい。

もうひとつ。金持ちが何にでもジャブジャブと、おカネを使っているとは限らない。というか、おカネがある人の中には、「出すべきところには惜しまず出す」と「締めるべきところはしっかり締める」のメリハリがしっかりしている人が少なくないんじゃないか。

実のところ、それができる人はおカネが貯まりやすい。したがって、見かけは大しておカネを持っていそうにない人が、実は大金持ちだった、なんて類の話が出てくることもある。

いっちゃなんだけれども、多額のおカネがポンと入ってきたときに、後先考えずにパッと使ってしまう方が、むしろ「庶民感覚」なんじゃないの。と思わなくもない。だから、宝くじで高額の当籤金を受け取ることになると、なにやら教育的内容の冊子がついてきたりするわけでしょ (って、今もあるんかな、これ)。


そもそも、おカネがあるならそれなりに使っていただかないと、経済が回っていかなくなる。もちろん、おカネがないのに使いすぎて借金で首が回らなくなる、なんていうのは論外だけれども。

節約するのも、それだけではなくて「使えるときには使う」がワンセットにならないと、生きていく楽しみがなくなってしまうのと違うか。マイルだってポイントだって、使うために貯めるんである。貯めるために貯めるんじゃない。

うちには「行ってし魔王」という恐ろしい魔王様が生息しているけれども、それで「どこかに行って後悔した」ということはほとんどない。たいてい「ああ、来て良かった」と思って帰途についている。

それに、実際にいろいろな現場や現物を見ておくことが、往々にして仕事の糧になっているし、個人的な楽しみでもある。ときには、「これを逃したら二度と見られん」というものもあるし。(その極めつけが F-35A のロールアウトと工場見学)

本当に「庶民感覚が分からん政治」っていうのは、政治家が値の張るスーツを着ていることではなくて、「将来に対する希望を持てなくなる、緊縮緊縮ばかりで縮こまった社会」にしてしまうことなんじゃないのか ?

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