Opinion : コンセプトの咀嚼 (2018/12/24)
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Osaka Metro 地下空間の大規模改革と夢洲駅周辺の開発への参画について
上記記事の「詳細はこちら」に載っている画を見て、目が点になった。特に心斎橋駅のイメージパース。「ちょっと、こんな駅は利用したくないなあ」というのが正直なところ。
「駅ごとに地域性を持たせたデザインを取り入れる」という考え方は、何も間違っちゃいない。それを実際に行って不評を買った例が多いかというと、そんなことはない。むしろ、不評を買った例の方が希少じゃないかと思う。
過去にも、車両や駅施設の設計や意匠が「滑った」事例はいくつかあったけれども、これは滑りすぎではないかしらん、というのが偽らざる感想。しかし、それだけで終わりにしてはいけない。なんで「滑った」のか。そこをちょっと考えてみた。
比較的古いところだと、営団半蔵門線を半蔵門、そして大手町まで延伸したときに、駅近隣の地域性を反映した図柄のパネルを構内に取り付けていた。神保町だと「積まれた本」なのは分かりやすい。
それが今回の大阪メトロのとどう違うか。そこで考えたのは、「コンセプトを具体的な意匠に落とし込む過程における、消化不良」。少なくとも、天井全面を「テキスタイル」にしてしまうのはいただけない。
つまり、「駅の近隣はこんな街です → それを象徴するアイテムはこれです」というベースに対して、咀嚼や翻訳が足りなかったということ。そして、インプットが単純にそのまま、意匠というアウトプットになっちゃったんじゃないか、という仮説。
「地域性」というベースというか、コンセプトというか。それをそのまま使えばよいというものではない、ということだと思う。そこから本質的な部分を抜き出せているかどうか、抜き出した本質の部分を具体的な意匠に落とし込む過程での翻訳がちゃんとできているか。それが問題なんじゃないかと。
たとえば、いわゆる「湘南色」や「スカ色」は、地域性を色という形に翻訳して表した例。もっとも、最初はそのハズだったのが、同じ塗装をそのまま各地に展開してしまったから「山陽本線で湘南色か」なんていわれることにもなったわけだけれど。それはそれとして。
パッと具体例を思いつかないけれども、「地域性」を色ではなくて形に落とし込んだ事例もあるはず。これは車輌よりも駅の方かな。
その「咀嚼」や「翻訳」といったプロセスが求められるのは、鉄道の車両や駅施設といったものが長きにわたって使われる公共財であり、あまり突飛なことをすると後になって浮く、という事情があるように思える。
すると、制定当時の「トレンド」とか「思惑 (企業の事業戦略も含む)」とかいったものばかり気にすると滑る、という話につながる。たぶん、「高輪ゲートウェイ」が不評を買った一因はその辺。
再開発エリアの名前が「グローバルゲートウェイ品川」だから、それを使って「高輪ゲートウェイ」… という流れに対する違和感。しかも「ゲートウェイ」という言葉、情報通信業界の人間でもないと馴染みが薄いことが追い打ちをかけたんじゃないかと。
たぶん「高輪 (グローバルゲートウェイ品川)」とでもすれば、こんなに文句をいわれることはなかったのでは ? そもそもの「グローバルゲートウェイ」からしてどうなのよ、という話はあるにしても。
と、ここまで考えたところでハタと気がついた。「そうか、『東武スカイツリーライン』に対して感じていたモヤモヤの原因も同じか」と。つまり、事業者側の思惑が、そのまま表に出てきてしまったからモヤモヤした。そんな一面があるんじゃないかと。
「じゃあ『虎ノ門ヒルズ』はどうなんだ、という話になるけれど、虎ノ門ヒルズは森ビルの事業で東京メトロの事業じゃない。いってみれば「近隣施設の名前をつけた駅名」で、「○○大学前」「○○学園前」の類と似ている。
あと、経営に窮している地方の中小事業者だとなりふり構っていられないから、奇抜なネーミングや地元企業の名前がそのまま付いた駅名が出現しても驚かないけれど、都市部の大手だと受け止められ方が違う、という一面もありそう。
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