Opinion : 新型というパワーワード ? (2020/2/3)
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長野電鉄に「新型車両」が入るそうだ。といっても中古の営団 03 系だけれど、長野電鉄にとってはレッキとした「新型車両」。「新車」ではないにしても、これで車両の体質改善が進むのはめでたい。
たいていの場合、「新型」と付く何かが出現するのは、めでたいこと。え ? 新型車両の導入で国鉄型車両が追われるのは気に入らない ? 知らんがな。
ところが、「新型」がすべて諸手を挙げて歓迎されるかというと、そういうわけでもない。歓迎されざる新型の一例が、例のコロナウィルス (2019-nCoV)。ただ、「新型ウィルスの出現」ということで、半ばパニックに近い騒ぎになっているのには、ちょっと首をひねらされる。
もちろん、現に中国では死者は出ているわけで、侮っていいなんてことは口が裂けてもいえない。ただ、このコロナウィルスの話が持ち上がった途端に気にし始めるのを見ると、「他にも、気にしないといけないものはあるんじゃないの ?」とは思う。
感染症法 (正式には「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律」というのか、長いなぁ) で対象に挙げられている感染症は、すでにいろいろある。
たとえば、割と患者が多いところだと肺結核。過去の病気だなんてとんでもない話で、今でも罹患する人はいる。昔と違って、一部の耐性菌を除いて薬で治せるけれど、それがまた副作用を引き起こすこともあって大変なんである。うかうかしていたら人死にが出るのは変わっていない。
(追記 : 2018 年の人口動態統計を調べてみたら、2018 年の死因別分類では結核による死者とインフルエンザによる死者の数が同じぐらいだった)
それはともかく。コロナウィルスについて、こんな騒ぎになったのは、普段は感染症のことを意識しちゃいないから、というだけの話ではないような気がしている。つまり、「新型」と聞いて「新型だから対処方法がなくて、罹患したら一巻の終わり」と思ってしまってパニクってる人がいるんだろうか、と。そんなことを考えた。
この仮説では、「新型」が一種のパワーワードになっているわけだ。いいかえれば、「新しいもの」に対する本能的な恐れというか警戒感というか。つまり「未知の恐怖」。この仮説が正しいかどうかは分からないけれど。
でも、上で書いた肺結核に限らず、(新しくないから | 既知のものだから) 大丈夫なんてことはない。分かりやすいところだと、今でも スペイン風邪 インフルエンザで亡くなる人はいる。
それと。世間で大騒ぎになっているから余計に恐怖感を感じる、というのもありそう。テレビのニュースなんか、こういうとき、(よせばいいのに) 往々にしておどろおどろしい BGM をセットにするものだし。
「新型」と付くと強そう、すごそうだと思えるのは、ウェポンの業界も同じ (新型になって弱くなったのでは困るよね)。ただしこの業界、ことに戦闘機では、開発にやたらと時間がかかるせいで、新しいんだか新しくないんだか、よく分からない事例が増えている。
たとえば、英独伊西で配備完了間近の戦闘機なんか、原型機が完成して飛んでいたのは自分が学生だった 1980 年代半ばの話。それが未だに「新戦闘機」として配備されたり、提案されたりしているという現実。えらくトウのたった「新型」である。(競合する仏国の戦闘機だって同じじゃ)
それよりマシとはいえ、F-35 だって機体ができた後の試験・評価だけで 10 年かそこらかけている。こうなると、間違いなく "新型" ではあるけど、"新味" があるかというと、うーん。
こちらの業界では「新型だから対処方法がなくて、遭遇したら一巻の終わり」となるんだろうか。どこかの国が得意そうな「口先 A2AD」でもって、仮想敵国にそう思わせることができれば、それこそ戦わずして大勝利なのだろうけれど。
コロナウィルスの場合、「口先 A2AD」ならぬ「流言飛語」を真に受けて、パニクったり右往左往したりしているのが、いちばんよくない。どこの誰が出所だかよく分からない話を、いちいち真に受けて恐怖感を感じて拡散するのは、おやめなさいと申し上げたい。
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