Opinion : 高速道路値下げの亡霊とデフレ脳 (2020/6/15)
 

またぞろ、どこかの野党議員が有権者の歓心を買おうとして「高速道路料金の値下げ」なんてことをいい出したらしい。その昔、いわゆる「高速 1,000 円」で何が起きたか忘れたのか。

すでに「特に地方において、公共交通事業者が潰れる」という指摘と、「環境対策の観点からいってどうなんだ」という指摘は出ている。そりゃそうだ。

1,000 円定額までどこまで行っても同じというなら、後のコストは時間とガス代だけだから、遠出をすればするほど費用対効果が上がる。そうなれば、クルマで出かけるようになる人が増えるのは間違いない。そのトバッチリは公共交通事業者に降りかかる。

しかも、クルマで出かける人が増えれば、高速道路が渋滞する。昨日まで、COVID-19 の関係から高速道路の週末割引は適用対象外になっていて、そのせいか首都圏近隣でも日曜夕方の渋滞は皆無に近い状態だった。

単に「COVID-19 の件があって出控えている」だけでなく、「割引が効かないから出控えている」もあったかも知れない。もしもそうだとすれば、逆に高速道路料金をゲロ安にしたら何が起きるか。簡単なことである。しかも、不慣れなサンデードライバーが不慣れな遠出をすれば事故が増える。

そして各所で渋滞が続発すれば、ガソリンを無駄にボーボー燃やすことになり、CO2 排出量が増える。それだけでなく、バスやトラックが渋滞に巻き込まれてしまい、遅延の元凶になる。遅延して、いつ到着するか分からない高速バスは、ますます敬遠される。悪循環じゃないの。

と、そこまで考えた上で「高速道路料金の値下げ」をいっているのか。そして、よもや同じ口で「CO2 排出削減」なんてことをいいだすようなことはない、と断言できるのか。そこのところどうなんですかね。


という話もさることながら、もうひとつ、思ったことがあって。

何でも「値下げするといえば歓心を買える」と思う、その発想自体がデフレ脳だよなあと。もっとも、今回の件についていえば、背後には、国交省が「値下げすれば○○億円の経済効果が」という試算をしたという話もあるようだから、それが本当なら、そちらも同罪か。

そういえば、以前にも「ガソリン値下げ」なんてことをいいだした政治家がいましたな。これもまた「値下げといえば歓心を買えると思っているデフレ脳」の一例じゃないかと思ってしまう。

でも、値下げって「コストや利益を削る」か「差額を誰かが出す」のいずれでしか実現できないわけだから、結局のところ、どこかに負担をかけることになる。

ことにコストや利益を削った場合、それは回り回って、皆の収入にも響いてくる (だいたい、コストを削るというと最初に目をつけられるのは人件費である)。収入が減ると可処分所得も減るから、ますます「安さ」を追求せざるを得なくなって、以下無限ループ。

むしろ、そういう悪いループを断ち切ります、インカムを増やせるように対策を打ちます、という方が長期的に見てメリットがあるはずなのだけど。なのに、「値下げします」しか思いつかないデフレ脳が永田町にいると社会の迷惑。

差額を誰か (普通は国か地方自治体だよね) が被った場合はどうか。それはつまり、「値下げ補助」をやらなければ他の用途に使えたはずの支出を食い潰すことになるわけだから、その「他の用途」が割を食う結果になる。これもまた、社会全体の利益にならないのは同じ。

COVID-19 のせいで盛大にブレーキがかかってしまった人の流動を、感染拡大防止と両立させつつ活性化して、運輸・観光業界 (ならびにその周辺業界) の活性化につなげますということならば。なにも、高速道路の値下げしか手がない、というわけではなかろうに。


実際問題として、駅の構内や空港のロビーや新幹線の車内がスカスカなのを見ると「やっべえ…」と戦慄する。これはどうにかしないと、トンでもないことになる、と思ってしまう。しかも COVID-19 のせいで食事ができる場所が限られてしまっているから、「空港に行けば空腹はなんとかできる」が成り立ちにくい今日この頃。

まあ、空いているのは高速道路も同じなのだけど、「どうして高速道路だけ優遇するのか」と問われたら、たぶん誰もまともな説明はできない。

そりゃまあ、平素に電車にもバスにも乗らず、どこでもマイカーで移動しているような人なら「高速道路の値下げバンザイ」というだろうけれど。

もしも高速道路の通行料で何かしたいというなら、単純値下げではなくて、アメリカでやってるような「たくさん乗ってたら優遇します」の方が筋が通ると思う (アメリカのハイウェイはタダだから、料金ではなくて優遇レーン (carpool lane) を設けるという形)。ただ、ETC でこれをやるのは無理があるよなあ…

脱・デフレ脳的な発想から行くと、「値下げして利用促進」ではなくて「利用するほど優遇して、さらなる利用を促進します」ではないのかなぁ。なんのことはない、エアラインの上級会員制度みたいなものか。(← それなりに JGC の恩恵は実感している人)

Contents
HOME
Works
Diary
Defence News
Opinion
About

| 記事一覧に戻る | HOME に戻る |