Opinion : 極論は盛大な逆戻りの原因では (2021/5/24)
 

前にも書いたかも知れないけれど、「アレを食うのは止めろ、これを食うのは不健康だ」みたいな話は世の中の定番で、いろいろな話が出たり消えたりしている。でも、その手の話を全部積み上げたら、安心して食べられるものがどれだけ残るんだろう、という疑問もある。

直近だと、この手の話で今度はグラノーラが槍玉に挙がっていたらしい。そんなことをすれば炎上するのは世の習いだけれど、個人的には、いちいち燃やしに行く気にはならず。この手の話が出てくる度に燃やしに行ったところで、当人が考えを改めるかどうか疑問だし、こちらまで悪い世界にはまりそうだし。


そりゃもちろん、健康で長生きしたいと願うのは自然なことだし、それを願う人が大多数であろうとは思う。

しかしである。個人的にも強く実感しているところだけど、そもそも人間の生き死になんていうのは、どうあがいても本人にコントロールできない領域が残るのだ。健康そうな食生活をしていたのに病気にかかる人がいる一方では、不健康そうな食生活をしているのにピンピンしている人もいる。

ついでに余計なことを書けば、いくら健康そうな食生活に留意していたって、事故や災害や犯罪被害に遭うのを避ける役には立たない。そういえば昨日、東北道で派手に事故っているクルマがいたな… (多重追突事故だったみたい)

もっとも良くないと思うのは、「アレはダメ、これもダメ」といって我慢に我慢を重ねて、むしろそれが原因で自分を壊してしまうことじゃないだろうか。うまいこと狙いが当たって身体を壊さずに済んだとしても、メンタルが壊れたのでは、それはそれでまずい。

さらに、周囲の人まで巻き込み、「アレを食うな、これを捨てろ」とワーワーいって回り、ヒステリックに強制して回るようになれば、今度は人間関係が壊れそう。マルチやカルトにはまるのと、大して違わなくなる。原理主義者になるところまで行ってしまうと、もうロクなもんじゃない。

それよりも、食べたいものを食べて少しでも日々の生活を楽しくする方が、よほど満ち足りた、平和な人生になるんじゃないかと思う。

もちろん程度問題だから、たとえば酒を呑み過ぎて身体を壊すような事態になると、それはどうかと思うけれども。でも、極端な禁欲の後に極端な反動が来るぐらいなら、ホドホドのレベルを維持する方がマシではないかなぁ。

短区間だけ 275km/h で走って、後はスピードを出さないよりも、コンスタントに 240km/h で走る方が総所要時間が短くて済むようなものである… ?

最初から覚悟を決めて禁欲的な修行や荒行を始める人ならまだしも、そうでなければ、極端な方向に走った反動で、今度は反対方向にポーンとすっ飛んでしまうのと違う ? 「アレを食うな、これもダメ」にも、それがありそうで。


この「極端な禁欲と極端な反動」というと、例の「緊急事態宣言」にも通じるものがあるのかも知れない。「一歩も家から出ない」と「緊急事態宣言で動けなくなる前に行楽に来ました」のペアリングみたいな話で。極端な抑圧が待っていると思うと、その前に… あるいは経験した後に弾けてしまい、今度は過剰に羽を伸ばしたくなるのではないかなぁという仮説。

その一因には、「何を避けなければならないのか」という本質に関する理解よりも、「外に出ない」というカタチを優先してしまう思考があるのかなと (これは前にも書いたかな)。実は、「アレを食うな、これもダメ」も同じじゃない ? 「健康そうに見える食生活」というカタチ優先という話で。

もっとも、「アレを食うな、これもダメ」の場合、個人が思いつきでいって回るのと、最初から意図的に商売として、ある種のポジショントークとしてやるのとでは、厄介さの度合がだいぶ違いそうではある。無論、商売で意図的にやる方が悪質。

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